『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(17)、『彼女の人生は間違いじゃない』(17)など、数々のヒット作や話題作を送り出してきた名匠・廣木隆一監督の下、注目の若手キャストが一堂に会した『ここは退屈迎えに来て』が、10月19日から全国ロードショーされる。本作は山内マリコの同名小説を原作に、地方都市で暮らす若者たちの日常を、高校時代と交錯させながらみずみずしいタッチでつづった群像劇。夢を諦めて東京から地元に戻った「私」を演じる橋本愛と、「私」が高校時代に憧れた「椎名くん」を演じる成田凌が、撮影の舞台裏を語った。
-最初に台本を読んだときの印象は?
橋本 原作が発売されたときに読み、すごく好きな小説だったので、映画化に関われることがうれしかったです。突き抜けたカタルシスがあるわけではないけれど、ここから出たいという欲望がありつつも、出られずに壁に当たり続ける痛みのようなものは、私も身に覚えがあったので…。小説を読んでいるときに思い出したその痛みと、切ないけれどいとおしい気持ちが、映画ではさらに大きく自分にのしかかってきた感じでした。
成田 最初に台本を読んだときは、まだ役が決まっていませんでした。「椎名と(劇中で渡辺大知が演じた)新保のどっちがいい?」と聞かれたので、新保かな…と。椎名は唯一、感情移入できない人物だったので。でも却下され、改めて台本を読んでみたら、「椎名に共通する部分があるな」と。その後、黄色いTシャツを着ようとか、教習所の先生になった後は半袖のシャツにしようとか、衣装合わせのときに廣木監督と意見が一致したおかげで、僕の中で椎名が出来上がりました。
-役作りで気を付けた点は?
橋本 「私」の半生は原作に書かれていたので、それは大事にしようと思っていました。一番気を付けたのは、椎名くんを見る「目」。例えば、椎名くんが学校の廊下で他の女の子と会話しているのを見ると、ほんの少しだけ平然としていられなくなる反面、そこまで執着したくないという気持ちもある。椎名くんを見るときの反応については、そういう部分のバランスを意識しました。
成田 椎名は、表面的なものだけで塗り固められたみんなの虚像で、主観的な思いが何もない。だから、椎名を作り上げるためには、周りの「目」が必要でした。何かが起きたときに、周りが椎名の様子をちらっとうかがってしまう…。そんな人間になるため、できるだけ現場にいて、撮影の合間に生徒役の人たちと騒いで遊ぶようにしました。そうやって周りのテンションを上げていけば、僕自身もその気になって椎名でいられるだろうと。
-お二人の共演シーンで印象に残ったことは?
成田 自動車教習所の教官として働くようになってから再会する場面では、くたびれた雰囲気を出すためにどうしたらいいのか悩みました。ファンデーションを塗らないとか、髪をボサボサにするとか、いろいろ考えた末に思いついたのが、撮影前夜にかなりの量のウイスキーを飲むこと。心からしんどい気持ちでいようと思ってやったけど、飲んだことがなかったのでキツかった…。今後は別のやり方を考えます(笑)。
橋本 遠目から見ても「なんだろう?」と思えるぐらいくたびれていて、ありがたかったです(笑)。髪がボサボサとか、服がダサいとか、そういうレベルではなく、本当に生命力が失われている感じだったので…。おかげで私も心からがっかりすることができました。
-数多くの作品を手掛ける廣木監督の現場に参加した感想は?
橋本 廣木さんの映画では、女優さんがものすごく輝いて見えるんです。それがとても不思議で、「私も何か魔法を掛けてもらえるのかな…?」と少し期待して現場に行ったけど、何もなくて…(笑)。柳ゆり菜ちゃんや渡辺大知くんが、監督から「今のせりふは、どういう気持ちで言ったの?」みたいなことを言われているのを見たら、ちょっとうらやましくなりました。必要があれば言うんだろうな、とは思っていましたが。
成田 長回しのシーンで、ものすごい緊張感を保っていたのが印象的でした。演じていても、いつ誰が何を言うのか分からない緊張感があって…。遠くから引いた画を撮るときも、普通はやらないようなものすごい引きで撮るんですけど、緊張感があるから観客の目をきちんと引き付けられる。簡単なことじゃないのに、スゴイな…と。
-皆さんの伸び伸びとしたお芝居が印象的でしたが、現場で何か感じることはありましたか。
橋本 基本的に廣木さんは「お芝居は役者が考えてくるもの」と思っているようなんです。監督が理想とする映像に私たちが合わせていくというより、私たちが生きる姿を監督が撮る、みたいな感じで。だから、撮影中は「こう動いて、こういうしぐさをしてほしい」といった指示は一切ありません。あるとすれば、せりふの言い方や抑揚がその場面にふさわしくないと感じた場合に「もっとこうじゃない?」などと言う程度。そういうところが、伸び伸びとしているように見えた理由ではないでしょうか。
成田 椎名の場合、ゲームセンターやビリヤード場で友だちと騒ぐ場面は、台本に細かくせりふが書いてあるわけではないので、アドリブも多かったんです。楽しそうな雰囲気が作れればいいということだったので、みんなフリー(笑)。そういう点が良かったのかもしれません。
-この作品に出演して良かったことは?
橋本 (原作者の)山内さんと出会えたことが一番です(笑)。もともと小説が好きだったこともあって、小説を書くときに山内さんが戦ったものを、私も共有できたことがうれしかった。山内さんに限らず、私は常に創始者を最も尊敬しているので、ゼロから作品を作り出した人たちへの敬意を失ったような取り組み方はしたくなかったんです。それを踏まえた上で、この映画をいいものにしようという思いを持ったまま完走できたことは良かったなと。おかげで、ものすごい宝物になりました。
成田 「群像劇って面白いな」と改めて思いました。自分が出演した部分以外にも、たくさんの物語があって…。出演しているみんなが良かったし、それぞれが良かったから成り立っている作品だなと。そういう出会いに恵まれたことが嬉しかったです。
(取材・文・写真/井上健一)