あれは2010年のことだったか。演出家・平田オリザが演劇の将来について語るUstreamに出演した際、「アイドルが出演する舞台に興味はないのか?」と問われ、「AKB48で『転校生』をやれるならやってみたい」と冗談交じりに答えたことを憶えている(『転校生』は平田の代表作のひとつで、公募で選ばれた21名の女子高校生が出演した)。
その時はまさかこんな日が来るとは思っていなかった。そう、平田オリザの小説を彼自身が脚本化した舞台『幕が上がる』が、ももいろクローバーZ(以下ももクロ)の主演で今まさに上演されているのだ。演出は映画版『幕が上がる』の監督でもある本広克行。本広は平田の熱心な信奉者で、平田が率いる劇団・青年団の舞台に足繁く通ったり、彼の著作『演劇入門』を舞台化している。
ももクロのメンバーは映画版『幕が上がる』撮影の前にワークショップ形式で平田の演技指導を受けており、今回彼の脚本を咀嚼できたのもその経験があったからだと思われる。ももクロの演技は、平田の提唱する現代口語演劇のメソッドを受け継いでいるからだ。
簡単におさらいしておくと、小説版『幕が上がる』は高校演劇を題材にした青春小説で、主人公は北関東の私立高校で演劇部の部長を務める高橋さおり。高校演劇の大会では地区大会突破もままならなかった演劇部の日常は、学生演劇の女王と呼ばれた美人教師・吉岡が副顧問となることで一変する。
転校生の中西悦子も途中から加わり、部員たちは全国大会を目指してさおりの脚本による『銀河鉄道の夜』を練り上げてゆく。だが、県大会の直前になって吉岡が再び東京で演劇をやるために教師を辞め、さおりたちは窮地に立たされる……。いくつかアレンジが加えられているものの、映画版もこれとほぼ同じストーリーから成り立っていると言っていい。
だが、舞台版は違う。舞台『幕が上がる』で描かれているのは、吉岡が学校を去ってから県大会に臨むまでのわずかな期間だ。演劇部の顧問である男性教諭も登場せず、女子部員たちだけで『銀河鉄道の夜』を作りこんでゆくエピソードが主軸となっている。