名門・島津家の血筋に生まれ、家老を務めるなど、幕末から明治初期にかけて活躍した元薩摩藩士・桂久武。西郷隆盛(鈴木亮平)とは若い頃から深い親交を結び、西南戦争にも同行することとなった。演じたのは、人気お笑いコンビ、スピードワゴンの井戸田潤。初の時代劇出演ながら、バラエティー番組のときとは異なるその落ち着いたたたずまいは、多くの視聴者から好意を持って迎えられた。物語が大詰めを迎えた今、1年以上にわたる撮影を振り返ってくれた。
-出演が決まったときの感想は?
最初はドッキリじゃないかと思ったんです。時代劇どころか、今までレギュラーでドラマに出演したこともなかったのに、いきなり大河の話がきたので。(相方の)小沢(一敬)さんもびっくりしていました。喜んでくれましたが、「西郷さんが連れている犬の役?」とか、だいぶいじられました(笑)。
-その他の反響などは?
久武さんの子孫の方から「一族そろって応援しています」という手紙を頂きました。その後、鹿児島で行われたトークイベントにも皆さんそろって来ていただいたので、終了後に改めてごあいさつして、一人一人と握手させていただきました。ただ、そのときは小松帯刀役の町田啓太くんと一緒で、久武さんの子孫の中にも町田くんのファンがたくさんいたんです。そうしたら、町田くんが出てきた瞬間に、僕の手を振りほどいて「町田くーん!」と(笑)。
-事前に予習などはしましたか。
撮影で鹿児島に行ったとき、学芸員の先生からお話を伺いました。歴史の表舞台で活躍した人ではありませんが、地元ではかなり人気があるそうです。西郷さんとは手紙のやりとりも多かったらしく、島流しに遭ったときは家族のことを任されていたとか、山奥の土地を開拓したとか、いろいろなことを教えてもらいました。すごいイケメンだったそうですが、その先生によると「井戸田さんにピッタリ」だと。おかげで、気持ちよく演じることができました(笑)。
-演じる上で心掛けたことは?
薩摩の武士には血気盛んなイメージがありますが、監督と話をしていたら、久武さんは少し違った印象を受けました。演出でも、戦に出るときに雄たけびを上げたりせず、落ち着いた様子だったので、「穏やかな人」というイメージで演じました。
-久武は、薩摩藩の家老を務めた人物なので、重要な場面に立ち会う機会も多かったと思います。中でも印象深いのが薩長同盟の場面ですが、撮影時の思い出は?
実は最初の予定では、あのシーンの口火を切るのは僕のはずだったんです。薩摩と長州の武士が互いに意地を張って沈黙が続く中、久武が茶菓子をつまんで、開口一番「うまい。皆さんもどうぞ召し上がってください」と。リハーサルまでやったんですけど、本番で急に「あそこ、ナシで」と言われてしまいました(笑)。あとはもう、緊迫感を壊さないように、背筋を伸ばして座っていただけです。とはいえ、あの場にいさせてもらっただけでもありがたかったです。
-他に思い出に残ったことは?
まだ渡辺謙さん(島津斉彬役)がいた頃、本読みがあったんです。机を囲んで、亮平くんや北川景子さん(篤姫役)、青木崇高くん(島津久光役)たちが座る中、ちょうど僕の向かいが謙さん。しかも、本読みなのに、僕以外の人はほぼ台本を見ない。それにまず緊張しました。僕は謙さんに「久武!」と呼ばれて「はっ!」と答えるだけでしたが、失敗したら皆さんに申し訳ないので、自分の番が来るまで、心の中で「はっ!」を繰り返し練習していたんです。「もうすぐ来る、もうすぐ来る…」と思いながら。で、いよいよ自分の番になったら、謙さんの「久武!」がものすごい迫力で…。圧倒されて、「はっ!」が少しおかしくなりました(笑)。
-久武は西郷をどんなふうに見ていたのでしょうか。
最初は久武の方が身分もずっと上ですが、男として見込んだからこそ、手紙のやりとりをするなど、交流を深めていったに違いありません。ただ、不器用な人間だとは思っていたでしょうね。自分の意見を言い過ぎて、島流しに遭ったりもしているので…。それでも、自分ないものを持っている西郷は、絶対に薩摩に必要な人間だと考えていた。それほど信頼していたからこそ「西郷が行くなら…」と、西南戦争にも同行したのでしょう。
-明治編の西郷と大久保の関係については、どんなふうにご覧になっていますか。
2人が決別していく様子は、見ていて悲しくなりますよね。一度、薩長同盟を結ぶ前に、西郷と大久保が廊下の隅でこっそり話しているところに久武が通りかかって、何を勘違いしたのか、2人の仲を誤解する場面があったんです(第29回)。「おまえら、そうなの…?」と(笑)。ただ、久武にはそれぐらい仲がよく見えていたわけです。そういう2人が仲違いをするのは、やっぱり寂しいなと…。
-弓の名人である久武は、西南戦争でも活躍するようですね。
鉄砲の弾が次々と飛んでくる中、部下に止められながらも意地を見せて弓を射るという見せ場があります。弓を引くのは初めてでしたが、頑張って練習したので、カッコよく映っていたらいいですね。重い話ではありますが、世の中が移り変わっていく時代ということもあって、みんなバラバラな格好をしている辺りは西南戦争の見どころではないでしょうか。僕も、頭は七三分けなのに、鎌倉時代のような格好をしていますから(笑)。
-1年間、大河ドラマに出演してみて今後、俳優への意欲は?
こればかりはオファーが来ないと何とも言えませんが、その気にはなっています。マネジャーにもしっかり、「その道はあるぞ」と伝えてあります(笑)。
(取材・文/井上健一)