さて。「阿佐立ち」は焼鳥の店であった。
90円から140円のラインナップで激安というわけではないが、
背後で飲んでいる二人組の兄さんが、「うんめっうんめ、まじうんめっ。
これコンプリしねえと帰れねっ。うんめ」と連呼している。
胸肉にわさびをつけた「さび焼き」に、胸の間の肉「キール」、
それにレアだという「ハツ元」、つくね、もつを一気に注文する。
生ビールは400円だが2杯目からは350円になる。串をしばし待つ。
カウンターの中を振り返ると、さっきは気づかなかったが、
こちらを一人でまわす兄貴はオグリシュンに似ていた。
雰囲気とかじゃなくて、部位そのものが相当オグってる。
はとこ、いとこくらいなら世間で立派に通用しそうだ。
私はひそかに焦った。
立つのが好きなどと言いながら、結局オグリ顔が気に入ったんじゃないのか…?
そんな誤解をされたらたいへんだ。
ここはつとめてクールにやり過ごしたい。
焼き場の兄貴がオグってることになんかまったく無関心だぞ、という体ですすみたい。
ようやく串が一本ずつ登場した。
思わず無口になった。


とんでもなく、うまい。
これがもうスキャンダラスな旨さなのだ。
向こう数年で食べたせんべろ酒場の焼鳥のなかで図抜けてトップ。
香ばしくきりっとしたタレのつくね。
舌の上でぷるるんダンスを踊りだす鶏レバーのもつ焼き。
あっさり塩とさびがきいているやわらかなさび焼き。


これでもか、これでもかと畳み掛けてくる焼鳥を超越した美味しさ。
「ほいしい…」(美味しい)と思わずつぶやくと、カウンターの先客が
一気に振り向き
「でしょ、でしょ、うんまっでしょ。この気持ち共有できたよね!
今、僕らわかりあえたよね!」と興奮ぎみに身を乗り出してくる。
おいしさとは、そこに全くなかった友情をあったことにすらすりかえる。
まさに罪作りな串の一本一本。
そしてとどめはうずらだった。
一粒ほおばると、中から絶妙にとろんと溢れ出した黄身。
すばらしい半熟だった…。


「ふつうのゆで卵は水から茹でるけど、うずらは沸騰した湯の中に二分。
やさしーくやさしーく滑り込ますことが大事なんです」
カウンターの中からふいにオグリが言った。
やさしーくやさしーく。一同呪文のように唱える。
もはや、オグリ顔はシュンを超えて私の中で勝手に神格化されつつあった。
そして酒だ。酒は宝の焼酎瓶からコップに溢れるまで注がれる。
ホッピーなら中三杯分。ホッピーセット450円でほろ酔い下地は完成。
さらには先客が勧めるままに「角っピー」を飲む。
ウイスキー角をホッピーで割るというなんだか台無し感漂う代物だが、
「これこそ贅沢ホッピーです」とオグリが胸を張る。
そういわれると確かにそんな気もする…?
ふと壁に、『丸くなるな。★になれ』という張り紙を発見した。
酔っ払いの心に沁みる。いい言葉じゃあないか。
どうやらオグリが書いたらしい。
でもサッポロのコピーのぱくりらしい。
串が旨いのでなんでもいい。
がまんができなくなったので、ついに帰り際「オグリシュンに似てますね」
と言ってみた。 


すると、オグリはそれはさらりと流しそれよりも「自分、バイトに見えます?」
と聞いてきた。
だと思っていた。
「ボク、これでも店長なんですけどね。バイト君が店長に見られるんですよ。
貫禄ないのかなあ」と力なく笑った。
ますます好感度は上がり、ホッピーセットと串焼きを追加するのだった。
ちなみに「阿佐立ち」は”あさだち”ではなく、”あさたち”らしい。
「“だち”だと下ねたになっちゃいますから」とあべこべにオグリにしかられた。

   
<今宵のお会計>
生ビール400円
ホッピー400円
角っピー450円
うずら、なんこつ、さび焼き、もつ焼きなど串6本ぐらい
一人で2,000円ちょっと

【店舗情報】
阿佐立ち
東京都杉並区阿佐ヶ谷2-11-1
17時~翌3時(日曜15時~)、不定休。 

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。