夜桜の、幻想的な景色のなかで上演される能──。そのえもいわれぬ美しさで多くの人々の心を捉えてきた靖国神社の「夜桜能」が、今年27回目の開催を迎える。その発案者で企画を手がける宝生流能楽師・田崎隆三に話を聞いた。
「とにかく毎年、お天気が問題で」と、冒頭から苦笑いの田崎。「野外での能は夏の催しとして一時ブームになりましたが、春に、というのは少ないんです。しかし、桜の下での上演は視覚的に遥かに美しい。行ってみたら良かった、という方が多く、当初はひと晩の上演が、その後三晩連続で開催するまでになり、さらに、能楽堂の公演よりも圧倒的に若いお客さまが多く来てくださるように」と明かす。
能楽の未来のためには、もっと若い人たちが足を運びやすい催しを、という強い思いもあった。「能は難しい」と先入観を持つ初心者をも感動させる、その秘密は──?「能では珍しかったイヤホンガイドの解説を導入したり、動きの少ないものは避けたりと、いろいろ吟味して演目を決めています。今年の第一夜は『祇王』。私と甥の田崎甫とふたりで仏御前、祇王を演じますが、彼は昨年、宗家の内弟子を卒業、能楽師として独り立ちしたこともあって、両ジテ(重要な役柄をふたりで演じる)の曲にしました。第二夜は、宝生流宗家による『鞍馬天狗』。牛若丸や子どもたちが活躍する人気の曲です。第三夜も、梅若実さんが『恋重荷』と比較的わかりやすい曲目を演じられます」という。三夜とも舞囃子、狂言も上演されるとあって、夜桜を堪能しながら、肩肘張らずに本格的な能楽体験ができるまたとないチャンスとなる。
ともに舞台に立つ田崎甫に「夜桜能」への思いを聞くと、「そもそも、能は屋外で演じられるものでした。建物の中では、その魅力は半減してしまう。自然とともにあった、能本来の形を味わっていただけたら、と思います。しかも桜の花の下という、これ以上ない景色。演じるほうにも、普段とは違う高揚感、その場に酔いしれる感覚があるかもしれませんね」。『祇王』について尋ねると、「自分なりの解釈ではありますが、平清盛に寵愛されたふたりの遊女が舞を競い合い、せめぎ合うことで、ふたりの舞が合う──。先生と一緒に舞う機会はあまりないので、楽しみです」と、笑顔に緊張感をにじませた。
第27回奉納 靖国神社 夜桜能は4月2日(火)・3日(水)・4日(木)、靖國神社能楽堂及び内苑にて。会場は気象状況により新宿文化センターに変更の可能性あり。チケットは発売中。
取材・文:加藤智子