チック、チッ、クタッ、チッ、チック、チッ、タッ、チックタッ…数にして10数個のメトロノーム、それぞれが奏でるポリリズムが響いている。高い高い天井と天然木にかこまれた内装。東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアルは、「ホール自身が、分離よく明瞭に響き、引き締まった低音とメローで艶のある音色を持つ巨大な楽器となります」という。

期待で膨らむ会場では友人どうしのおしゃべりが響いている。おしゃべりに合わせてメトロノームがリズムを彩る。チック、チッ、ッチ、チックタッ、チックタック、チックタック、チックタック…だんだんとリズムをひとつに束ねていくメトロノーム。ホール内が暗闇になった、そのとき。割れんばかりの拍手を縫って、聞こえてきたのは『LIFE』のラストに収録されている「いちょう並木のセレナーデ(reprise)」。大きな手回しオルゴールをあやつるのは東京スカパラダイスオーケストラのNARGO。「東京の街が奏でる」の日替わりオープニングモノローグ、第三夜の今日は彼が担当だ。

「音楽は時間の芸術です。時の芸術です。音楽は生きるために必要なものではありません。音楽は楽しむものです。音楽は無駄な、贅沢なものです。本当は別になくてもいいものです。でも、音楽が鳴っている限り、遊びや無駄を思いっきり楽しめる。しあわせな時がきたらいいなぁって、みんなで待ち、望むことができます。音楽が鳴っている限り、しあわせな時を思うことができます。だからやっぱり、この街に音楽が鳴り続けてたらいいなって思います」

と、小沢健二の気持ちを代弁した後、緊張して楽しめないひとがいないように、と、このコンサートのなかに隠されたたくさんの合図を教えてくれる。

「東京の街ではたくさんの音楽が録音されています。録音した音楽は、時の中でみんなのものになっていきます。このオルゴールは『LIFE』の最後のトラックを演奏したものです」と最後に言い、NARGOは、もう一度“私たちの音楽”である「いちょう並木のセレナーデ(reprise)」を奏で、そして退場する。ふたたび暗闇が訪れる。

“大津波 風 嵐”の音が鳴り響く。小沢健二がステージに登場する。オーディエンスからの大きな拍手はまるで、地面を濡らす雨粒のように彼を打つ。拍手に濡れたまま、おもむろに彼は、ガリレオ・ガリレイの朗読を始める。

「ガリレオは気が付いた。振り子は、時を均等な感覚で分割する。そこから振り子時計という発想が生まれた。ガリレオの発想にもとづいて、初めて振り子時計が作られた。振り子時計を応用したのが、メトロノーム。あっ…東京のもち…街!が奏でる、へようこそ!今夜は第三夜!」

しょっぱなから噛みつつ(萌)私たちを出迎える小沢健二。「曲はたくさんやるから心配しないで!」と笑いながら、続ける。時を均等に刻む秒針の話を。秒針の音の感覚を調節することで生まれた200年前の音楽技術、メトロノームの話を。「ヨーロッパで生まれたメトロノームというテクノロジー。それは、200年後のこの東京で、どんな振れ方をするんだろう」振り子を指で放つ。チックタックチックタック、チックタックチックタック…「新曲です。<東京の街が奏でる>」

メトロノームとアコースティックギター、ヘッドセット型のマイクを携え身体中でギターを弾き、喉を奏でる小沢健二。「ひふみよ」のツアーから実に約2年ぶりの、彼の、生の歌。新曲である「東京の街が奏でる」は、これまで/3月11日/これから、東京で生活するわたしたちの日々を照らす、照らす、照らす、優雅さに光を見い出す祈りの歌。テンポ60のリズムに豊潤なメロディが東京をなぞっていく。オペラシティに街が映し出される。

おなじみのメンバー、コーラスの真城めぐみとベースの中村キタロー、そして新メンバーにバイオリンの奥村愛、山名玲奈、ヴィオラの南かおり、チェロの清水詩織(第三夜のみ)を迎え入れ、「♪照らす、照らす、照らす、照らす」のリフレインからそのまま「さよならなんて云えないよ」へ。

スクリーンにはゆらゆら揺らめく水面の映像。言わずもがな、今回は震災後、初となる小沢健二のコンサートだ。「水」にまつわる演出は、たくさんの生命を奪った大洪水として、環境や街をはぐくむ生命の源の象徴として、“別になくてもいい”音楽とともにあらわれる。そして、その生命と対峙する小沢健二の歌は、これまでにないほどエモーショナル。強いダウンストロークで足を大きく刻みながら「僕は思う!この瞬間は続くと!いつまでも!」と歌われるその瞬間、本当に、この瞬間は続くのだと、続いてきたのだと、強く思わずにいられない。