そして『銀の匙』で農業コミックに魅力を感じたら、同じ荒川氏の描く『百姓貴族』もオススメしたい。
『銀の匙』が少年漫画向けにマイルド調整した青春コメディ作品だとすれば、『百姓貴族』は農家の現実を赤裸々に語ったかなりアクが強いエッセイ作品だ。表紙を飾っている牛っぽい二足歩行の生物が主人公&作者の荒川氏(他作品でも自画像としてお馴染みのデザイン)。なんと漫画家になる前は北海道の実家で農業に7年間従事し、北海道開拓民の末裔というガチの「百姓」だったのである。
この作品に明確なストーリー性はなく、掲載誌の女性編集者へ荒川氏が農家の実態をぶっちゃける一話完結の形式になっている。
・ヒグマ出没におびえながら農作業
・野菜ドロボー(人間や野生動物)に悩む農家たち
・作者の父親&祖父のタフガイ伝説
・深夜の牛舎で背後にクマの気配を感じて死を覚悟した話
・生まれつき体にハンデのある仔牛を処分した話
・農業高校での日々
すべて作者の体験もしくは当事者から直接聞いたエピソードらしく、とても実感がこもっている。農業高校に通っていたころの話は「実習後に食べるメシは超美味い」「レクリエーション時間に激しい卓球バトル」など、『銀の匙』の元ネタになったと思われる共通エピソードも多くニヤリとさせられる。
全体としてギャグ仕立てながら、ときおりシリアスに農家の直面している辛さ・理不尽さが語られているから油断できない。「水が無ければ牛乳を飲めばいいのに」「食糧供給ストップして あいつら(消費者)飢え死にさせたろかいと思います」――これらのセリフを単体で聞けば“なんと荒川は傲慢なヤツだ”と感じられるかもしれないが、シビアな体験談を聞きながらだと同意できる部分も少なくない。
『銀の匙』と『百姓貴族』。同じ作者が同じ農業というジャンルで描いた作品でも、読者層や伝えたいテーマが違えば印象はこうも変わる。“少年の夢”と“大人の現実”――どちらも単体として十分以上におもしろいが、併せて読むことで見えてくるものもある。ともすれば経済問題やエネルギー政策に隠れがちな「日本の農業」という重要問題について、考えを深めるきっかけになってくれるかもしれない。