『おさんぽ協奏曲』(テレビアニメ『苺ましまろ』キャラクターソング)
1999年に入ると、Dragon Ashがキングギドラ(現:KGDR)のZEEBRAをフィーチャーしたシングル『Grateful Days』が大ヒットを記録。ヒップホップやラップミュージックが一般の音楽リスナーにも広く認知されるきっかけとなります。
以降、ヒップホップがテレビアニメの主題歌やBGMとして使用されるケースも多くなっていきますが、そんな歴史を振り返ってみても一際特異な輝きを放ち続けるラップナンバーがこれ! アニメ『苺ましまろ』(2005年)のキャラクターソング『おさんぽ協奏曲』です。
メインキャラの一人である松岡美羽のキャラソンであるこの曲は、美羽を演じる声優の折笠富美子さんが歌唱を担当しています。
通好みな音楽ネタも散りばめられた『苺ましまろ』ではありますが、何故、キャラソンでヒップホップを持ち込んだのか、そして、何故、人気女性声優にラップをやらせようと思ったのかは、今に至るも大きな謎であり、アニソンファン、声優ソングファンの間でも語り草となっています。
肝心要の曲調は、アニメの雰囲気に合わせた、ほわほわと可愛らしいラップで美羽の日常を綴り、サビではポップなメロディを歌い上げる"歌もの"的な仕上がりに。
そのコンセプトの斬新さと同時に、キャラソンとしての完成度も非常に高く、日本語ヒップホップの歴史でも特殊な"萌えラップ"として様々な音楽ファンにも触れて欲しい楽曲です。アニメの美少女キャラクターがラップをする……まさに、日本独自のラップ・ミュージックといえるでしょう。
『らき☆すた』の『もってけ! セーラーふく』と並んで、lyrical schoolやライムベリーといった現在の"ヒップホップアイドルユニット"の登場を予見していたナンバーかも?
『ストロング・マシーン We are No.1』(若松市政&アフリカ)
人気バラエティ番組『アメトーーク!』のプロレス企画でも取り上げられた藤波辰爾選手の『マッチョ・ドラゴン』など、数多くの迷作、怪作を世に生み出してきたプロレスラーによるレコードの数々。
そうした中でも、その突飛過ぎるアイデアと人選によって、数多のプロレス歌謡とは比べものにならない禍々しいオーラをまとっている曲が、将軍KYワカマツによる『ストロング・マシーン We are No.1』です。
白装束にグラサン&山高帽、更に、手には鞭と拡声器を携えるという視覚的インパクト絶大なコスチュームで、謎の怪覆面集団、"マシン軍団"を率いた悪のマネージャー、将軍KYワカマツ。そんなワカマツが、何故かレコードデビューを果たし、しかも、その音楽性がヒップホップだったという驚愕の楽曲が、この曲なのです。
機械的で硬質なビートの上に、ワカマツの「ゴー! マシーン、ゴー!」「ストロング・マシン、ウィアーナンバーワン!」というラップ(というか、ガナリ声)が乗っかるという色々な意味で力技過ぎる怪曲に! しかも、途中でワカマツ氏のスタミナが切れたのか、声量と声のトーンが明らかに落ちます……。まさに、怪しさと脱力感に満ち満ちた怪作なのです。
ちなみに、レコードは"若松市政&アフリカ"名義でのリリースとなっているのですが、何故、リングネームの"将軍KYワカマツ"ではなく、本名の"若松市政"名義なのか? そして、共演している"アフリカ"とは一体何者なのか? という謎は、マシン軍団の正体と同じく未だ謎のベールに包まれたままです。
オリジナルのレコードは音楽史に残る珍盤中の珍盤ですが、現在では、『ラップ歌謡』(Pヴァイン・レコード)や『プロレスQ』(キング・レコード)など、幾つかのコンピレーションアルバムにも再録され、音源を耳にすることも容易となっています。
ジャパニーズヒップホップにおけるカルト・ソングとして、再評価すべき一曲……は、流石に大袈裟ですが、横道ラップの極地として興味のある方はディグってみてください。
『咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3』(スネークマンショー)
吉幾三さんの『俺ら東京さ行ぐだ』の発売よりも更に早い時期に、ヒップホップやラップにアプローチしたサウンドを世に送り出していたグループとして音楽ファンに認知されているスネークマンショー。
『ベストヒットUSA』の司会でお馴染みの小林克也さん、俳優や声優として数多くの映像作品に出演されている伊武雅刀さん、音楽やファッションといった分野での活躍で知られるマルチクリエーターの桑原茂一さんという三人が結成していたエンターテイメントユニットです。
YMOのミニアルバム『増殖』への客演でも知られるスネークマンショーは、時代を読む先進的な音楽センスと毒の効いたジョーク感覚を武器に、ファッションショーやショップの音楽ディレクション、ラジオ番組のMCなど様々なシーンを股にかけ活動を行いました。
そうした活動の中で、数枚のアルバムやシングルも発表。優れた音楽性を持つミュージシャンによる楽曲とスネークマンショーのラジオコントが一枚の盤に収められた、非常にユニークな構成となっています。
ファーストアルバムに収録されている『咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3』は、スネークマンショーのメンバーがヒップホップの要素をユーモアたっぷりに消化した実験的な楽曲。
ビートに合わせて、メンバーが演じる架空のラジオパーソナリティー、咲坂守と畠山桃内が早口言葉やモノマネを繰り広げるという、このユニット特有のギャグセンスと音楽が巧みに融合したナンバーです。
ここまでで紹介してきたような歌謡曲やお笑い、或いは、アニメ作品といった様々なカルチャーの中で聴くことができる"亜流"なヒップホップにおける源流の一つであり、貴重なクラシックです。
こうして特異点的な楽曲を並べてみるだけでも、改めて、ヒップホップという音楽の間口の広さが感じられますね。あらゆる文化と交錯することで、バラエティーに富んだ楽曲を生み出し続けてきた日本語ラップシーン。これからも、その進化に注目したいところです。