世界約30か国で指揮者として活躍する西本智実。2012年にイルミナートフィルハーモニーオーケストラを結成し、13年にはイルミナートバレエもスタート。14年および15年に西本の演出・指揮でバレエ『白鳥の湖』を上演した。そして今年、チャイコフスキーのバレエ『くるみ割り人形』で再び演出と指揮を手がける。
「イルミナートの『くるみ割り人形』では、音楽もバレエも全て、総合芸術として有機的に結びついた舞台を目指します」と語る西本。『くるみ割り人形』といえば、クリスマスに醜いくるみ割り人形をもらったドイツの少女マリーが夜中、くるみ割り人形と敵対する鼠を退治し、王子の姿に戻ったくるみ割り人形に案内されて雪の国やおとぎの国を巡るという物語が一般的。西本はその流れを踏まえつつ、細部に様々な工夫を施すという。
「この作品は、ドイツの作家E.T.A.ホフマンの原作に、フランスの作家A.デュマ・ペールが翻案を施したものですが、現行のバレエでは抜け落ちてしまっているエピソードも多いのです。たとえば原作では、ドロッセルマイヤーが世界各国を回り、旅先でみつけたくるみを割ると、中から漢字が出てくるという記述があるので、今回、そういったエピソードも演出に織り込んで創っています。おとぎの国で展開する各国の踊りにしても、なぜその国の踊りが登場するのか、それは一体何を表しているのかを、提示する事で“もう1つの世界”を見ていただきたい」
西本は『くるみ割り人形』の世界に現代との共通点を見出している。「原作が書かれたのは、フランス革命後、ヨーロッパの価値観が大きく変化した時代。グローバリゼーションと言われ、価値観が多様化する現代に重なります。マリーはこちらの世界では内向的に映りますが、その感受性や誠実さによって、別の価値観を持つ世界の人達から選ばれていきます。私はこの作品を通じて“もう1つの世界”というチャンスが誰にでも起こり得るということも表現したい。絵画と違って音楽は瞬間を留めることはできませんが、ご覧になった方が、幕が降りてからも舞台を思考の中で巻き戻し、思考の窓を広げていけるような仕掛けを、舞台上で幾つも創るつもりです」
マリーの旅は、西本自身の指揮者としての活動とも重なる。「チャイコフスキーの音楽を指揮すると、自分が今、何時代のどこの国にいるのかわからなくなることがあります。チャイコフスキーも通った劇場で指揮者をしていたころは特にそうでした。ロシアのサンクトぺテルブルクの冬はとても寒いので、窓は全て二重窓になっているのですが、真冬になると二枚目のガラスの向こう側がすっかり凍ってぼやけて見えます。しかしよく見ると雪の結晶が結合し、大きな雪の結晶の模様が浮き上がるのです! この光景はとても幻想的なんですよ。チャイコフスキーと同じ情景を見た者として、その美しい世界を、斜幕なども用いながら表現したいと思っています」
公演は8月16日(火)大阪・フェスティバルホール、30日(火)・31日(水)、東京・新国立劇場 オペラパレスにて。
取材・文:高橋彩子