2014年の11月に亡くなった俳優、高倉健を描いた初のドキュメンタリー映画『健さん』が公開された。
本作は、国内外の20人以上の証言を基に、俳優として、あるいは人間としての健さんの魅力や美学に迫る。監督はニューヨーク在住で写真家でもある日比遊一が担当している。
かつて大スターと呼ばれた人たちは、その素顔や私生活をベールに包むことで、普通の人々とは一線を画す存在となった。だがテレビやインターネットに情報があふれ、俳優自身も私生活を平気でさらすようになった現代ではそれは無理な話。ところが、健さんは最後までそうした昔ながらのスターの姿勢をかたくなに貫いた。
観客はスクリーン上の彼に親しみと畏敬の念を込めて「健さん」と呼んだが、映画本編以外の彼についてはほとんど情報を持たなかった。では、彼は何を考え、どう行動し、何を成し遂げようとしてきたのか。本作はそんな疑問に対する一つの答えを示すために企画されたのだという。
そんな本作の見どころは、有名無名を問わず、インタビューに答える誰もが「自分の中の高倉健」をいとおしむように語るところ。『ブラック・レイン』(89)で共演したマイケル・ダグラスは、一緒にうどんを食べるシーンを例に挙げながら、俳優としての健さんの素晴らしさを明かす。
同作で撮影を担当したヤン・デ・ボンは「普通のスターには撮ってはいけない角度があるが、健さんだけはどこから撮ってもオーケーだった」と証言。著名な監督のマーティン・スコセッシやジョン・ウーは「一度でいいから健さんと一緒に仕事がしたかった」と悔しそうに口をそろえる。
国内では、『幸福の黄色いハンカチ』(77)と『遙かなる山の呼び声』(80)で健さんを起用した山田洋次監督が「あの人は“高倉健”を演じ続けて一つの典型を作った」と語れば、東映時代の健さんに何度も殺された悪役俳優、八名信夫がユーモアとペーソスにあふれたコメントで楽しませる。
元付き人の西村泰治氏や行きつけの居酒屋や喫茶店の主人、そして妹さんが明かす素顔の健さんも魅力的だ。
こうして、健さんに対する賛辞と尊敬に満ちたコメント、そして伝説の数々を聞くと、改めてスターとはこういう人のことを言うのだとつくづく思う。そして、寂しいことだが、こうした大スターと呼ばれる人が現れることはもう二度とないだろうということも実感させられるのだ。(田中雄二)