5Gがサービスインする2020年。日本でも、ビッグデータと結びついてAIの本格活用期に突入する年になるだろう。AI棋士のAlpha Goが初めてプロ棋士を破ったのが15年。そこから30年後の45年には技術的特異点、いわゆるシンギュラリティを迎え、AIが人間の知性を超えるとすらいわれている。AIの導入で大勢の人が仕事を失うとか、AIが人間を支配するとか、万能のAIが人々に害悪をもたらすという考えも根強い。 AIが囲碁で人間を破ったのは偉業だが、人間の能力を上回るものは他にもたくさんある。車や電車、飛行機も、移動という点で、はるかに人を凌駕する。人間が持つ「移動する」という能力を拡張したことで、世界中を気軽に移動できるようになった。「乗り物に人間の走る速さが負けた」と嘆く人はいないだろう。オリンピック競技で、人と車が競争することはない。全くの別物だからだ。

青山学院大学シンギュラリティ研究所の河島茂生副所長は、「AI×クリエイティビティ」と題したトークイベントで、AIが人間を助けることで「創造性は飛躍的に高まるだろう」と語った。

AIは、人間と対立するものではなく、うまく活用して豊かに生きるための道具とすべきものだ。シンギュラリティを足早に通り過ぎ、さらに高度な発達を遂げ、AIが身体をまとい自らを生産するようになっても、人と対立するような世界は訪れないだろう。2重・3重にAIを制御する技術もまた発展する。事故はゼロではないだろう。交通事故と同じ程度に。

都市部の駅では、改札から切符切りの駅員はいなくなった。昔、窓口にいた切符売りも消えた、ICカードの普及で、切符自体の利用頻度も激減した。こうしたシステムより、AIはさらに高度だ。少なからず職を奪うだろう。奪う、というより開放すると言った方がいい。決まり切った定型作業をAIに任せることができる。

改札に立って不正利用の有無をチェックしながら延々と切符を切る作業が果たして楽な仕事だろうか。機械にやらせた方がよっぽど人間的だ。

近い将来、車の運転はAIが担うことになる。考えてみれば、いつ人や車が飛び出してくるか分からない状態で、集中力を維持しながら車を操作し続けるのは過酷な労働だ。酒を飲まず眠くもならない、よそ見もしない自動運転車だけになれば、交通事故は激減するという予測もある。自動車の登場で人力車の車夫が姿を消したように、人は車の運転という苦役から開放される。

初めて蒸気機関車が走る姿を見て、「あれほどの速度で移動すると、乗っている人は死んでしまうのでは」と思った人がいたそうだ。実際は時速600kmを超えるリニアモーターカーに乗っても、音速を超え時速2000kmを超える速さのコンコルドに乗っても、人はぴんぴんしている。

AIは人間の思考を拡張し、サポートし強化する存在だ。問題はそれを使う側。つまり人だ。拡張され、強化した人の思考が、一体何を生み出すのか。大きな期待とともに、しっかりと恐れ、タガをはめなければいけないのは、やはり人間のほうだ。(BCN・道越一郎)

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