佐々木蔵之介

 刊行以降の累計が50万部を超える織守きょうやの小説を原作に、豪華キャストが集結した映画『記憶屋 あなたを忘れない』が、1月17日(金)から全国ロードショーとなる。本作では、「人の記憶を消すことができる」とうわさされる都市伝説“記憶屋”の存在を巡って、謎を秘めつつ心温まる物語が繰り広げられる。劇中で、失われた恋人の記憶を取り戻そうとする主人公・遼一(山田涼介)と共に“記憶屋”を探す弁護士・高原を演じるのは、NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」にも出演する佐々木蔵之介。公開を前に、撮影の舞台裏を語ってくれた。

-高原を演じる上で心掛けたことは?

 ファンタジーですから、この物語をお客さんにどう理解してもらえるようにするかということを、まず考えました。平川(雄一朗)監督から「高原はずっと記憶屋を探している」と伺ったので、ならば記憶屋の存在を最初は信じていない方が良いのでは?と相談しました。そこから徐々に「いるかも?」「ひょっとしたら…?」というふうに持って行ったほうが、お客さんに共感してもらいやすい。そんな話を監督としました。ただ、そこを具体的にどう埋めていくかというのは、なかなか難しかったです。

-高原は遼一と一緒に行動する場面が多いですが、遼一役の山田さんと共演する上で心掛けたことは?

 設定上は、実際の僕と山田くんよりも年齢が近かったんです。だから、もうちょっと距離を近づけたいと思っていました。この映画では、大学の講義で出会ってから「君の彼女に会いに行こう」と行動に移し、一緒に広島へ行くことになるので、2人の関係性を短時間で急速に接近させる必要がありました。そのためには、距離をぐっと縮める必要がある。そこで、僕がちょっと降りていく感じにして、(平川雄一朗)監督には彼を「くすぐる」という芝居を提案させてもらいました。そういう肉体的な接触をして笑顔を引き出すことで、「こんにちは」とあいさつするよりも近づくことができるだろうと。

-佐々木さんが山田さんをくすぐる場面は、ユーモアもありつつ、2人の距離が一気に近づくすてきなシーンでした。

 彼もいいリアクションを返してくれましたから(笑)。おかげでうまくいきました。

-本作では、山田さんのほか、芳根京子さん(河合真希役)など、佐々木さんと若い俳優が物語の中心です。若い俳優の皆さんと共演した感想は?

 先輩とやるときの緊張感や委ね方とはまた違って、年下の若い俳優の方とやるときは「自分がしっかりしないと」という部分と「ここは任せる」という部分の両方があるような気がします。ある意味、ガチガチに固めた芝居をするのではなく、より「隙を見せる」という感じです。

-そういう部分が、遼一とのユーモラスな掛け合いにつながってくると?

 そうですね。親子ではなく、兄弟でもない。ちょっと離れた何とも言えない絶妙なバディ感を作れたら…と思っていたんです。決して、「弁護士だから教える」といった立場ではなく。お互いに「自分の愛する人のために」という目的を持って行動しているんだけど、ギリギリの切羽詰まった感じではなく、やや笑顔も垣間見えるような関係性を作れたら…と。

-そういう距離感を作る上で心掛けたことはありますか。

 山田くんと一緒に広島ロケに行ったのは大きかったですね。たった2日でしたけど、一緒に車で橋を渡って瀬戸内の美しい島並を見たり、小高い山の上から夕景を見たり…。そういう共通認識を持ったおかげで、一緒に旅行に行ったような仲間意識が生まれて。それが役の関係にも生きたと思います。

-劇中では、記憶屋の存在を巡って「つらい記憶も消しちゃいけない」と主張する遼一と「本当のつらさは当事者じゃないと分からない」という真希の会話があります。作品のテーマにつながるやり取りですが、佐々木さんはその点、どんなふうに考えますか。

 日常生活の中で、僕が「この記憶を消してほしい」と思うことはないです。昨日の夕食さえも覚えていないぐらいで、不要な記憶は勝手にどんどん消えていきますし(笑)。逆に、苦しかったり、つらかったりする記憶でも、それが糧になったりする場合もありますから。ただ、事件や事故などに遭った場合、「どうしても消したい」という特別な事情があることも理解はできます。

-高原は余命わずかという設定で、人生を考えさせられるキャラクターですが、50代を迎えた佐々木さんが、今後の俳優人生について考えるようなことはありましたか。

 50代になると、肉体的には確かに衰えてきますが、技術的には今までの積み重ねでできるようになるんです。今まで一点突破で真っすぐ行っていたものが、抜け道を使うようなこともできるようになって。ただ、楽をしてはいけないと思っています。50になる前、奥田瑛二さんから「50は大事だぞ。この1年をどう過ごしたかで、10年後、おまえと飲めるかどうかが決まる」と言われたんです。先輩がそうおっしゃるんだから、やっぱり大事なんだろうなと。50は過ぎましたが、それを心掛けてこれからも過ごそうと思っています。

-そうすると、俳優としては年齢を重ねることも楽しみになってきますね。

 そうですね。その点では今回、田中泯さん(菅原慎一役)、佐々木すみ江さん(西田アイ子役)のお二人と共演させていただいたことは、とてもありがたかったです。記憶屋は、もちろん現実にはいません。でも、お二人が記憶屋について話をすると、本当にいそうなリアリティーを感じるんです。

-それはすごいですね。

 中でも、すみ江さんとご一緒したのは、すみ江さんが一人でずっとしゃべっていて、僕は聞いているだけという場面。でも、すみ江さんは現場の周りが多少騒がしくても、せりふを全く間違えないし、話し方もクリア。しかも、監督の注文も全部聞いた上で、しっかりと芝居を作られている。おかげで、聞いているとその光景が頭に浮かんでくるんです。それくらい見事な芝居です。その人の生きざまがこんなふうに出てくるんだな…と実感しました。僕にはとてもできない芝居ですし、監督も「すごい」と驚いていました。あれは、僕にとってものすごい宝物になりました。この記憶だけは、たとえ記憶屋が現れたとしても、絶対に消さないようにしておきます(笑)。

(取材・文・写真/井上健一)