1980年代後半から90年代にかけて、テレビドラマは深夜の時間帯にも多く進出した。ゴールデンタイムのドラマに比べて予算が圧倒的に少ないため、若手のスタッフやキャストが中心だったが、実験的な秀作も多く作られた。今や一流となった岡田恵和や北川悦吏子などの脚本家、西村雅彦や生瀬勝久などの小劇団出身の役者たちも、当時はみんな深夜ドラマで経験を積んでいたものだ。

今でも深夜ドラマにはそういった若手の登竜門的要素があるが、時々「こんなすごいドラマを深夜に流すなんてもったいない!」と思ってしまう上質の作品に出会うこともある。現在、TBS系列で放送されている『深夜食堂』もそんなドラマだ。

『深夜食堂』が最初にドラマ化されたのは2009年10~12月期。30分一話完結方式の連ドラで、関東地区では水曜深夜に全10話が放送された。今やっているのはその続編で、火曜深夜(24:55~)に放送枠が変わり、11話目からスタートしている。第1シリーズから地域によって放送される曜日や時間に違いがあるものの、基本的にはどこでも深夜に放送されている。

このドラマは、日本漫画家協会賞大賞も受賞したことがある、安倍夜郎の同名コミックが原作。食べ物がたくさん出てくるが、いわゆるグルメものではない。新宿の路地裏にある小さな「めしや」を舞台にした人間ドラマだ。その「めしや」はマスターがひとりで経営していて、営業時間が深夜0時から朝7時までなので、常連客から「深夜食堂」と呼ばれている。メニューは、豚汁定食、ビール、酒、焼酎だけ(のちにハイボールが加わる)。ただし、マスターができるものなら、頼めば何でも作ってくれる。






深夜食堂 1
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客が注文するメニューが各話のサブタイトルになっていて、これまで「赤いウインナーと卵焼き」「猫まんま」「お茶漬け」「バターライス」「アジの開き」「あさりの酒蒸し」などが放送されてきた。第1シリーズの最終回と第2シリーズの初回以外は、毎回最後に出演者がそれぞれのメニューのワンポイントアドバイスをするコーナーがあって、上質のドラマながらほっこりする構成にもなっている。

原作モノのドラマ化に際しては、ストーリーの脚色やオリジナルキャラクターの登場などもある。ただ、このドラマは全体的に原作の世界観を壊していない。むしろ、細部にまでこだわったセット、厳選された音楽、味のある役者たちの演技などで、短編映画のようなクオリティーに仕上がっているのだ。それもそのはず、スタッフはほとんど映画畑の人たちで占められている。

監督は、松岡錠司(『バタアシ金魚』『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』)、山下敦弘(『リンダリンダリンダ』『天然コケッコー』)、小林聖太郎(『毎日かあさん』)など。脚本は、真辺克彦(『サイドカーに犬』『歓喜の歌』)、向井康介(『リンダリンダリンダ』『マイ・バック・ページ』)、荒井晴彦(『Wの悲劇』『ヴァイブレータ』)などが参加している。加えて、この作品は食べ物も重要なアイテムになっているので、フードスタイリングは『カモメ食堂』の飯島奈美が担当している。こういう人たちが丁寧に一話30分のドラマを作っているのだ。

キャスティングも豪華で、マスターに小林薫。常連やゲスト出演の客として、これまでに松重豊、綾田俊樹、不破万作、須藤理彩、小林麻子、吉本菜穂子、安藤玉恵、オダギリジョー、光石研、松尾諭、田畑智子、田口トモロヲ、風間トオル、岩松了、あがた森魚、田中圭、村川絵梨、YOU、リリィなどが入れ代わり立ち代わり出てきている。

今年の10月から始まった第2シリーズの初回(第11話)は、安田成美がゲストだった。この第11話「再び赤いウインナー」は文化庁芸術祭参加作品にもなっていて、本当に珠玉の一作だったと思う。常連客のヤクザ・竜(松重豊)がいつも「深夜食堂」で注文するのは、タコの形をした赤いウインナー。なぜそれをいつも注文するのかが、同級生の刑事・野口(光石研)や2人が学生時代に所属していた野球部のマネージャー・クミ(安田成美)との関係を中心に描かれていた。

このドラマは、オープニングに流れる鈴木常吉の「思い出」という曲も印象的なのだが、第2シリーズの挿入歌として多く使われている福原希己江の曲もやたらといい。第11話では「できること」という曲が使われていて、物語のラストはセリフがまったくなく、この曲をバックに役者が静かに演技するだけで結末が表現されていた。これがもう切なくて、深夜に大の大人が涙するというレベルだった。まあ、深夜だから大人がひっそりと泣いても恥ずかしくないんだけど……。

ふつう深夜はみんな寝ている。だから視聴率は取れない。このドラマの視聴率も第1シリーズ、第2シリーズともに1~2%台だ。しかも予算は少ないので制作条件も悪い。それでもこれだけのクオリティーで仕上げるということは、スタッフもキャストも本気で面白がって作っているのだろう。根っからのクリエーターというのは、そういうものなのかもしれない。

視聴者側には、録画しておいて休日の午後にでもゆっくり見るという選択肢がある。でも、『深夜食堂』はやっぱり深夜に見て欲しい。本当に新宿の路地裏でこんな人たちが生きているような感覚が、リアルに味わえるからだ。

ただ、食べ物に関するエピソードにグッと来て、ドラマを見終わるとその回に登場した料理を食べたくなることが多い。しかも、基本的には番組の最後にその料理を作る上でのワンポイントアドバイスが流れるので、すぐに作りたくなってしまう。ここは要注意だ。なにぶん深夜なので、毎回それをやっていると太る可能性もある。そこだけは気をつけるよーに。 







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【関連リンク】
・ドラマ「深夜食堂」公式サイト

たなか・まこと  フリーライター。ドラマ好き。某情報誌で、約10年間ドラマのコラムを連載していた。ドラマに関しては、『あぶない刑事20年SCRAPBOOK(日本テレビ)』『筒井康隆の仕事大研究(洋泉社)』などでも執筆している。一番好きなドラマは、山田太一の『男たちの旅路』。