警察庁「自転車は原則、車道を走るように徹底させます」
自転車ユーザー「その前にインフラを整備してくれなきゃ車道は怖いよ」
2008年の道路交通法改正、今年10月に出された通達による「車道通行」の強化――庶民の身近な乗り物である自転車をとりまく環境が、あわただしく変化のきざしを見せはじめている。法規制と実際の道路交通シーンがまったく噛み合わずとまどう現状、われわれ自転車ユーザーは何を信じ、どうふるまえばいいのか?
と、堅苦しい前置きなど放り出して、今回は気軽に読めて勉強にもなる自転車コミック『アオバ自転車店』を紹介してみよう。
アオバ自転車店
宮尾岳
少年画報社
※前作『並木橋通りアオバ自転車店』は全20巻
600円ほか
舞台は並木橋通りにあるアオバ自転車店。ポニーテールが似合う小さな看板娘(アオバ)、スゴ腕の自転車職人な父親、商店街のマドンナである母親、という3人家族がお店を営んでいる。自転車のことで悩む人、そして生き方に迷った人、さまざまな“お客さま”がアオバ自転車店にやってくる……というストーリー。
基本的にどこからでも読める一話完結形式で、いろんな悩みを自転車が解決してくれる。さながら国民的グルメ漫画『美味しんぼ』の自転車バージョンといったところか。主人公はエピソードごとに設定された“お客さま”。アオバ自転車店の面々は、彼らの気持ちに触れながら、最適なアドバイスをしたりベストな自転車をセレクトしてくれたりする。
この漫画をオススメする理由は無数にあるが、最大のキーワードは「やさしさ」だ。
たとえばあるエピソード冒頭では、機械オンチでパソコンもろくに使えず、仕事や日常生活でドジばかりの女性が出てくる。ひょんなことからアオバ自転車店を訪れた自信喪失中の彼女に、店主は「機械オンチを克服しなさい」などと言わない。ただ「3秒で折りたためる自転車もありますよ」とやさしく教えてあげるのだ。ぶきっちょの自分でも使える不思議な自転車・ワンタッチピクニカ(作中の市販車は実在する)を手に入れた彼女は、ちょっぴり自信がつき、いい笑顔を見せるようになる。
個人的にはこの“ちょっぴり”具合が、押しつけがましくなくて好きだ。自転車を変えれば万事解決という描き方はせず「自分を変えていくのはあくまで自分自身。自転車はそのきっかけになるだけ」というテーマが貫かれている。先のエピソードの主人公は機械オンチが治ったわけではないが、日々を前向きに生きることができるようになった。やがて何度かストーリーに絡むうちに交友関係も広がり、最近ではついに彼氏と(ネタバレ自重します)。
1999年にスタートした本作は連載12年を迎え、単行本もトータル40冊に届こうかという長寿漫画だが、いまだネタが尽きる気配はない。折りたたみ・ママチャリ・カスタム車・ロードレーサー・ビーチクルーザーまで、ありとあらゆる実在の自転車が登場して楽しませてくれる。これも作者の自転車に対する愛情と、熱心な取材の成果だろう。
一方で、そうしたエンターテイメント性だけでなく、安易に自転車に乗ることの危険性も教えてくれる。空気が抜けたタイヤの危なさ、飲酒して自転車に乗ることのペナルティ、安くて粗悪な自転車の品質リスクなど……あえて作中キャラクターに厳しく語らせることで、自転車の事故を減らそうと訴えかけてくる。読者に対しても、この漫画は一貫して「やさしい」のだ。
作者が元アニメーターだけあって画力も高レベル。漫画キャラクターをリアルサイズの自転車に乗せて絵にすることは難しいはずなのだが、この人は難なくこなしている。人情ストーリーとして読むもよし、かわいい女性キャラクターに萌えるもよし、「道路交通法改正」「ノーブレーキピスト問題」にもいち早く触れているので、安全運転の教材として読むのもアリ。もっと世間に知られていい名作だと思う。
ただ一つ、困った点は“自転車の魅力をうまく伝えすぎている”ところだろうか。実例を挙げると筆者はこの漫画を読んで、海外製の折りたたみ自転車(10万円)を買い、単行本を貸した友人はブランド物のクロスバイク(4万円)を買ってしまった。両者とも「ついカッとなって買った。いい商品で今は満足している」と供述している。読者の心にもキャラクターにもやさしい作品だが、決してサイフにやさしいとは限らないことをお忘れなく。
●研究員評価
作画:★★★★★
物語/設定:★★★★★
読者のサイフがヤバい度:★★★★★