手塩に掛けて育てた藍葉が虫害に遭い、苦境に陥った家業を助けたい一心から、母・ゑい(和久井映見)に頼み込み、父・市郎右衛門(小林薫)に無断で、他の村から藍葉を買い付けてきた栄一(吉沢亮)。それを怒られるのではないかと、庭に積まれた藍葉の山を前に小さくなっていると、「いくらで買った?」と、険しい顔で市郎右衛門が尋ねる。
栄一が買値を説明すると、その山の一つを指し、「これは高く買い過ぎだ」とたしなめる市郎右衛門。その言葉に、ますます小さくなる栄一。だが、市郎右衛門はこう続ける。
「そんでもまあ、いい肥やしを買って、来年、いい藍を作ってくれりゃあ、それでよかんべ」。予想外の言葉に「えっ?」と驚く栄一に、市郎右衛門は「よくやった」と声を掛ける…。
NHKの大河ドラマ「青天を衝け」第三回「栄一、仕事はじめ」(2月28日放送)、子どもらしからぬ商才を発揮して、家業を救った主人公・渋沢栄一が、父親の市郎右衛門から認められるクライマックスの一幕だ。市郎右衛門役の小林の抑制の効いた芝居と、びくびくする栄一役の吉沢との対比も効果的で、じんわりと心に温かいものがこみ上げてきた。
物語が幕末からスタートすると聞き、放送前は、大河ドラマらしい波瀾(はらん)万丈の物語が繰り広げられるものと、漠然と考えていた。ところが、ふたを開けて見ると、徳川慶喜(草なぎ剛)を中心に“激動の幕末”を描きつつも、主人公・栄一の周囲で繰り広げられるのは、仕事に追われる、ごく普通の農民の暮らしだった。
第三回では、藍葉から染料の“すくも”を作る作業の様子も丁寧に描写。その日常の中で生じる問題を乗り越えていく姿を通して、栄一の成長を情感豊かに描き出す。その様子は、まるでささやかなホームドラマのようだ。
とはいえ、作品全体から漂うのは、ホームドラマのささやかさとは違った大河ドラマらしいスケール感だ。黒船来航に揺れ動く幕府の内幕を描いていることもその理由の一つだが、それだけでなく、栄一の日常描写にも「大河ドラマらしさ」があるからではないか。
本作の見どころとなっている渋沢家を含む血洗島一帯を丸ごと作り上げた広大なオープンセットも、そんな「大河ドラマらしさ」の一つだ。冒頭で述べた第三回のクライマックス、市郎右衛門に認められた栄一は喜びを爆発させ、「やったぞー!」と叫びながら畑の間を駆けていく。全力疾走する栄一の姿を引きで捉えた映像は、狭いスタジオで撮影することは難しく、広大なオープンセットならではの表現だ。
また、「龍馬伝」(10)にも参加した佐藤直紀が手掛ける音楽には、琴線に触れるような優しさと温かさに加え、テレビ画面の枠に収まらない、どこまでも広がっていく伸びやかさと厚みがある。そんな音楽も、栄一の日常にそっと寄り添い、大河ドラマらしいスケール感を加えている。
ホームドラマのように、庶民のささやかな日常を丁寧に見つめながらも、大河ドラマらしいスケール感も忘れない。その二つが一体化したところに、本作ならではの魅力があるのではないだろうか。
本作の演出を務める黒崎博は、番組公式サイトのインタビューで次のように語っている。
「これまで、幕末を舞台にしたドラマの多くは、幕府や薩長の視点で描かれたものでした。しかし、『青天を衝け』は、“第三の視点”で描かれます。それは一市民の視点です。それこそがこの時代を生きた多くの日本人の目線であり、一市民がどのように生き、どのように日本のことを考えていたのか。そこを大事にしたいと思っています」
長くなるので省略したが、黒崎の言葉にある「一市民」とは、栄一を指している。物語はこれから、尊王攘夷に傾倒し、慶喜に仕えるなど、大河ドラマらしく激動の幕末に翻弄される栄一の姿も描いていくはずだ。
だが、黒崎の言葉通り、武士とは違う一市民である栄一の視点を貫いていけば、今までとは一味違った幕末・近代のドラマが見られるのではないか。そんな期待を抱かせる第三回だった。(井上健一)