それでも引っかかる、松岡が魅力的すぎた問題

結局、『梅ちゃん先生』が好きだった人が面白いと感じていた部分は、批判していた人にとっては、ことごとくお粗末な部分としてしか映らなかったんだと思う。これではネットで議論が始まっても、穏やかな着地点を見つけることは難しい。なぜそこが面白いのか、なぜそこを楽しめないのか、という根本的なところから見方がズレているので、感情的な罵倒合戦に発展してしまっているところもあった。まあ、『梅ちゃん先生』のようなつくりの作品は、けっして珍しいものではないし、それに対して賛否両論が巻き起こるのも不思議ではないんだけど、これだけの高視聴率と多くの批判が出たということは、良くも悪くもそれだけ作品に求心力があったということなんだろう。

ただ、個人的には、明らかに失敗したのではないかと思う点がある。それは、松岡(高橋光臣)を魅力的に描きすぎたことだ。松岡というのは、梅子が医専時代に知り合い、大学病院ではいっしょに働いた医師で、梅子とは一時期つき合っていたこともある人物。第16週でアメリカへの留学を決意し、その時に梅子とは別れている。梅子はその後、幼馴染みで隣人の信郎(松坂桃李)と結婚し、2人の子供をもうけたのだが、家族や地域の人々に囲まれながらヒロインが明るく生きていく物語としては、梅子が隣人の信郎と結婚して新しい家族をつくるというのも、当然といえば当然の展開だった。この2人の結婚が最初の段階から決まっていたことは、プロデューサーもインタビューで証言しているし、確かに信郎の梅子に対する感情などは、序盤から描かれていた。

つまり、本来、松岡は、梅子の成長に影響を与える脇役として描けばいいだけだったのだが、これがやたらと魅力的な登場人物になってしまったのだ。キャラクターとしても、おっとりとした梅子と、論理的で理屈っぽい性格の松岡は、妙に合っていた。だから、この2人が本当に別れて、梅子が信郎と結婚してしまった時は、残念に思った視聴者も多かったはずだ。実際、ネットではそういう意見も多い。冷静に言えば、信郎がヒロインの相手として不足だというよりも、そういう展開ならそれまでの信郎と松岡の描き方は違うだろうという不満だ。

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こうなってしまった原因は、脚本家の尾崎将也が、単に偏屈な男を描くのが得意だったからと結論づけてしまってもいいような気がする。尾崎将也といえば、もちろん、阿部寛が主演した『結婚できない男』の作者。この作品まで、どういうものが世間にウケるのか、どうやったら面白いと思ってくれるのか、みたいな視点で脚本を書くことが多かった尾崎将也が、突然、自分が面白いと思ったものをストレートに書いた唯一の傑作が『結婚できない男』だ。このドラマの主人公・桑野(阿部寛)も、キョーレツに偏屈な男でありながら、最高に魅力的だった。そう、とにかく尾崎将也は、偏屈な男だけは誰にも負けないくらい魅力的に書ける脚本家なのだ。

『梅ちゃん先生』の松岡は、そんな『結婚できない男』の桑野を彷彿とさせた。実際、松岡の言動を書いている時は、尾崎将也の筆も走っていた気がする。もちろん、松岡を演じた高橋光臣の役づくりも素晴らしかったと思う。どんなにヘンなことを言い出しても、憎めない可愛らしさがあった。ただ、信郎とのバランスを考えると、やはり松岡はあまりにも魅力的すぎたと思う。結果、信郎との結婚を決意した梅子の気持ちの変化にも、説得力を欠いてしまった。そして何よりも、松岡がアメリカに留学してしまって以降、作品全体が淡泊になってしまったのが残念だった。