カウンター席のいちばん奥に座った。
しばらくすると料理が運ばれてきた。サラダ、肉、ゴロッとしたジャガイモのようなカレーが盛られたビリアニに続き、厨房で煮込んでいた鶏肉のカレーがカウンターに置かれた。ローストチキンのカレーだった。

この店には選べるメニューはない。毎日日替わりで、この日金曜日はスペシャル料理の日で、ローストチキンのカレーが今夜のメインディッシュだった。

ビリアニは、カルダモンなどのスパイスを入れて炊いたご飯だ。チニグラという小粒のバングラデシュ米を使っているという。食感はクスクス(パスタの一種)に似ている。肉はマトン。その脇のカレーはジャガイモではなく、卵だった。

ローストチキンをナイフとフォークで食べ始めた。卵カレーよりもスパイスがきいているのだが、玉ねぎがたくさん入っているせいなのか甘みがある。これまで食べたことがあるインドのカレーとはまったく違っていた。

広島で南インド料理店を営む知人によれば、南インドではシナモンやクローブなどをスタータースパイスとして使うというのだが、バングラデシュ料理と南インド料理のレシピの基本が同じどうかもわからない。

いつの間にか満席になっていた。隣は若い男性の一人客。その隣は若い女性の一人客。入口の脇は、友人らしい若い女性ふたりが座っていた。全員が金曜日のスペシャル料理を夢中で食べていた。

「ご飯は大丈夫ですか、ルーも大丈夫ですか」若いバングラデシュ人男性が尋ねてくる。
この店はビリアニもルーもおかわりができる。ローストチキンがあまりにもおいしかったので、ルーだけおかわりをもらった。

ルーの中にはくたくたになるまで煮込んだ玉ねぎが大量に入っていた。この玉ねぎが甘さの秘密のようだが、それ以上のことは皆目検討もつかない。けれど、この店のローストチキンの虜になったことだけは自分でもはっきりとわかった。

女性でもおかわりをしている人がいるので、食べ終わるまでに時間を要する。外へ出ると、5人ほど行列ができていた。

実は前の晩もこの店でカレーを食べた。「明日金曜日はスペシャルだから明日もおいで」と誘われ、二晩続けて通うことにしたのだ。

大鍋で鶏肉を煮込んでいたのが、シェフのソルタン・ティプさん。ルーのおかわりをすすめてくれたのが、シェフの息子。カウンターの目の前で野菜を刻んでいたのがシェフの兄弟。この店は、2年前にオープンした、ファミリーで営むバングラデシュ料理屋だ。

並ぶかもしれないが、金曜日のスペシャル料理は素晴らしい。

どこがバングラデシュ料理の特徴なのかわからない。でも、旨い。
座れば料理が出てくるカオスな食堂にデザートはないが、間違いなくハマりました。

アジアカレーハウス
住所/東京都墨田区江東橋3-9-24
電話/03-3634-4522
営業/11:00~17:30(ランチは土日のみの営業)、19:30~翌4:30
休/無休
ランチは850円と890円。ディナーはスペシャル料理も含め1100円。

東京五輪開催前の3歳の時、亀戸天神の側にあった田久保精肉店のコロッケと出会い、食に目覚める。以来コロッケの買い食いに明け暮れる人生を謳歌。主な著書に『平翠軒のうまいもの帳』、『自家菜園のあるレストラン』、『一流シェフの味を10分で作る! 男の料理』などの他、『笠原将弘のおやつまみ』の企画・構成を担当。