科学分析の実際(1)――ワイシャツをめぐる攻防

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科学の力による浮気調査……まるで想像もつかない記者に、櫻井氏はサンプルとして、ある夫婦の検査データを見せてくれた。妻が依頼者で、夫が対象者。浮気の形跡はあるものの、夫は「その日は会議に出ていた」などと言い張る。そこで妻が、怪しいとにらんだ日に夫が着ていたワイシャツを法科学鑑定研究所へ持ちこんできたケースだ。

折れ線グラフとともに日本語で補足の加えられた紙を見せながら、櫻井氏がデータの読み方を解説する。ワイシャツに付いた微量な成分を取り出し、分析したものだ。

「衣類に付着した成分を見れば、その日に何をしていたかが全部わかってしまいます。この○○というのは、タバコの成分なんですよ」

具体的な成分名(記事中では○○と省略する)を交えながら、男性の行動を追っていく。なお検出された成分の数値によって、「本人がタバコを吸った」のか「タバコを吸う人間の近くにいただけ」なのかまで分かるという。このサンプルケースでは、本人が吸ったわけではないと結果が出た。そもそも依頼者によると夫は非喫煙者らしい。

つまり
→【事実1】彼はこの日、タバコを吸っている誰かのそばにいた。

「○○というのは汗が分解されて出来た成分です。汗ばむような状態だったんですね」

→【事実2】彼はこの日、なんらかの理由でワイシャツに残るくらいの汗をかいた。

「○○というのは香水の成分ですね。うちの研究所が持っているデータベースと照らし合わせると『シャネル』系です。しかも量が基準値を超えていないから、彼が香水を付けたんじゃなく、そばにいた人間が付けていたわけです」

→【事実3】彼はこの日、シャネル系の香水を付けている誰かのそばにいた。

こうして科学的に検出された【事実】が次々と積み重ねられていく。

→【事実4】彼のワイシャツには本人以外の汗も付着していた。
→【事実5】彼のそばには化粧品を付けた人間がいた。
→【事実6】彼は醸造系のアルコールを飲んでいた。

「これらを客観的にみれば、男性だけの会議にずっと出ていたなんてあり得ないでしょう? もし法廷で本人の供述と検査結果が食い違えば『あなたの言っていることはウソですよ。だから証言として採用されません』という流れになります。こうして相手の主張を崩していくんです」

たかがワイシャツ1枚の分析で、ここまで1日の行動をピンポイントに再現されるとは恐ろしい。

いや、だが待ってほしい。もしも記者が浮気を認めたくない夫の立場なら、まだ諦めず言い訳をするはずだ。たとえば「会議に出ていたのはたしかにウソだった。本当はキャバクラで飲んでいた。化粧品や香水はキャバ嬢たちのが付着したんだよ。でも断じて『特定の女性』と不貞行為などしていない!」と。これなら“だらしない夫”というレッテルは貼られても、離婚や慰謝料にまでは至らないだろう。

しかし櫻井氏はそんな意見を予期していたかのように冷静だった。「この検査には続きがあるんですよ」と言って、別のデータを取り出してきた……。