沖澤のどか (C)Felix Broede

今をときめくアーティストが日本フィル7月東京定期のステージを彩る。しかも最愛のレパートリーを携えての登場だ。最高のピンチヒッターではないか。
すでに多くのオーケストラの指揮台に立ち、ひたむきかつ明晰な音楽観で信頼を得ている沖澤のどか。10代の頃からピアノ、チェロ、オーボエに親しんできた。オーケストラの調べが好きだった。
近年の歩みを駆け足で記せば、日仏の国際指揮者コンクール優勝で脚光を浴び、ベルリンに留学。これまでに日本の愛すべきマエストロたち、リッカルド・ムーティから教えを受け、2020/21年のシーズンからベルリン、カラヤン・アカデミーの奨学生としてキリル・ペトレンコのアシスタントを務めつつ、内外の檜舞台に名乗りを上げ始めた俊英──となる。
中欧の名門や老舗オーケストラも関心を寄せるライジングスターのひとりだが、彼女にあせり、力みはない。ウィーンのオペレッタは少し真面目過ぎたけれど、調べの移ろいや色あいの変幻に想いを寄せ、オーケストラ、聴き手とコミュニケート出来る若きマエストロだ。しなやかな技と音楽観を体得した上で、これから一歩ずつ歩んでいく。
そんな今どきの正統派、沖澤のどかが、メンデルスゾーンの味わい深く、しかも劇的な交響曲第3番「スコットランド」で登場とは、日本フィルにとってもオーケストラ好きにとっても、これは喜ばしい出来事だ。
覇気や勢いだけではどうにもならぬメンデルスゾーンの「スコットランド」交響曲や序曲は、奇をてらわない沖澤がここぞというステージで指揮してきた大切なレパートリーなのである。沖澤と世代交代の進む日本フィルの対話、ドイツ・ロマン派の息づかいをサントリーホールで満喫したいものである。
英ロイヤル・フィルのアーティスト・イン・レジデンスにも迎えられた人気ヴァイオリニスト三浦文彰が、満を持して弾くアルバン・ベルクの協奏曲も公演の主役を演じる。
ウィーンを知る三浦のベルク。際立つのは新ウィーン楽派ならではの精妙な響きか。オーストリア南部ケルンテン(カリンシア)地方の民謡も舞う予感。曲目解説に必ず出てくるバッハのコラールとの相関は? アルマ・マーラーと建築家グロピウスの娘マノンの魂は、さて。
世紀転換期の鬼才アルバン・ベルクが曲に織り込んだ、秘密のメッセージ、妖しい、狂おしい楽の音もサントリーホールを満たすことだろう。7月9日、10日が近づいてきた。
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文・奥田佳道