新国立劇場 カルメン 2021 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

大胆な読み替えが大きな話題を呼んでいる。新国立劇場のオペラ2020/2021シーズンを締めくくる新制作のビゼー《カルメン》が幕を開けた(7月3日初日)。
斬新な演出でカルメンをロック・シンガーに仕立てたのはスペインのアレックス・オリエ。バルセロナ五輪の開会式も手がけた彼のオペラ演出は、一昨年、新国立劇場と東京文化会館がタッグを組んだプッチーニ《トゥーランドット》のスペクタクルな舞台でも強烈な印象を残した。
第1幕はセビリャの衛兵詰所でも女工たちの働く煙草工場でもなく、鉄パイプで組まれた野外ライヴの特設ステージ。ホセたちが所属する日本の警察が配置されている。カリスマ・シンガーのカルメンは、胸元や手足にタトゥーを入れ、60年代風のドット柄の真っ赤なミニのドレス。マイクに向かって〈ハバネラ〉を歌う。さしづめ彼女の最大のヒット曲というところか。
オリエによれば舞台の設定は現代の日本。東京で開催されるスペイン・イベントで闘牛のエキシビジョンが行なわれ、スペインからエスカミーリョやカルメンがやってきたのだ。現実の闘牛士もオフはもちろん私服だろう。第2幕の酒場リーリャス・パスティアに強面スーツで現れたエスカミーリョは、客たちに請われて矢沢永吉ばりのマイク・パフォーマンスで〈闘牛士の歌〉を歌う。
第3幕はライヴ終演後の舞台裏。ステージ衣裳を着替えたカルメンがギターを爪弾きながら曲作りをする傍らで、ダンカイロたちが機材ケースに大量の白い粉を隠している。麻薬の密輸だ。警察はこれを捜査していたのか!
最終場の闘牛イベント。歓呼の合唱に迎えられるのは闘牛士の行進ではなく、レッド・カーペットを歩く招待タレントたち。そして最後にエスカミーリョが、今度こそリアルな闘牛士の衣裳で、カルメンを連れて現れる。背後にホセの姿が不気味に浮かぶ……。
奇抜ではあるが奇を衒ったいやらしさはない。なにより、案外わかりやすい。オペラ通も、初めて《カルメン》を見る人も、一級のエンタテインメントとして屈託なく楽しめるはず。
題名役はフランス人メゾ・ソプラノのステファニー・ドゥストラック。フランス・オペラ、なかでもカルメンを最も得意とする注目歌手だ。豊かな声と繊細な表現力、そして大胆なコスチュームに負けない均整のとれたスタイルで、聴衆の耳と目を独占する。奔放なカルメンと対照をなす可憐なミカエラを歌った砂川涼子も充実の好演。ドン・ホセに村上敏明、エスカミーリョにフランスのバリトン、アレクサンドル・ドゥハメル。指揮はオペラ芸術監督の大野和士。東京フィルハーモニー交響楽団、新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、TOKYO FM少年合唱団の出演。いわゆるオリジナル版にあたる、セリフを多用したアルコア版(エーザー版)を用いての上演で、さらに歌の部分をセリフに変えるなどの改変を追加しているとのこと。7月19日まで。
(宮本明)