11月18日(木)初日の新国立劇場のワーグナー《ニュルンベルクのマイスタージンガー》(新制作)でソプラノ林正子が演じるエーファは、男たちを夢中にさせる魅力的なヒロインだ。
「ワーグナーには珍しく、リリックなソプラノの声で歌える可愛いイメージの役。でもイェンス=ダニエル・ヘルツォークさんの演出と大野和士さんの音楽が引き出すのは、可愛いだけでない、彼女の根底にあるものです。私は、ワーグナーはエーファの中にヴェーゼンドンク夫人の姿を描いていると思うんです。恋人ではなく、永遠に自分のものにできないマドンナ。だからきれいに歌うだけでなく、所々ドスの利いた声を入れたり、勇気を持って冒険していいのではないかと思っています。あまりクセの強いエーファはよくないですが、人間くささは、ありだと思うので」
ヴェーゼンドンク夫人はワーグナーの不倫の恋人。彼女の詩による《ヴェーゼンドンク歌曲集》の旋律が《トリスタンとイゾルデ》に転用されているのは有名だ。《マイスタージンガー》第3幕には、その《トリスタン》の断片が登場する。若いエーファに心惹かれる男やもめザックスが、《トリスタン》の登場人物マルケ王を引き合いに、彼女に諦めを語る場面。
「お稽古で、ザックス役のトーマス・ヨハネス・マイヤーさんが本当に泣いていて。それを見たら、彼の気持ちに応えないエーファが申し訳なくて、私も何度歌っても心が痛みます。この場面は見どころにしていただけるとうれしいです」
ワーグナーを歌う時はいつも、圧倒的なオーケストラの力を感じて、まずその流れを邪魔せず歌うことに腐心するという。しかし。
「《マイスタージンガー》では、あまりそれを考えないのです。歌がオケを凌駕するように書かれた作品だと思います」
聴衆はもちろん、出演者たちにとっても待望の上演だ。ザルツブルク・イースター音楽祭とザクセン州立歌劇場、そして東京文化会館との国際共同制作。昨年、及び今年8月の上演予定もコロナ禍で中止となった。
「今回、夏と完全に同じキャストではないので、乗れなかった人たちの気持ちも全部胸に抱いて歌いたいと思います。4時間半の長丁場ですが、私自身、自分が出ていないシーンにもこんなに感情移入できるのかと驚くぐらい楽しいプロダクション。今までにない《マイスタージンガー》現代演出の決定版だと思います。絶対に損はさせませんのでぜひ!」
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(文:宮本明)
■新国立劇場オペラ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
日程:2021年11月18(木) ~ 12月1日(水)
会場:新国立劇場 オペラパレス (東京)