撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

待ちに待った上演がついに幕を開けた。
11月18日(木)、新国立劇場のワーグナー《ニュルンベルクのマイスタージンガー》新制作が初日を迎えた。ザルツブルク・イースター音楽祭とザクセン州立歌劇場、そして東京文化会館(東京都)との共同制作。コロナ禍で昨年の公演が中止。さらに今年8月に延期されていた東京文化会館の上演も初日直前に中止が発表されたとあって、オペラ・ファンの期待はいっそう高まっていた。
ワーグナー唯一の喜劇。中世の徒弟制度をベースに、新しい価値観を持つ歌(芸術)をめぐる、保守派とリベラル派の対立と新旧の交代を描く。
主人公の靴屋の親方ザックスは、これが初役というドイツのバリトン、トーマス・ヨハネス・マイヤー。圧巻だった。第2幕と第3幕の2つのモノローグの深い声と表現は実に瞑想的だし、机に足を投げ出して座りベックメッサーを手のひらで転がすチョイ悪な演技も痛快。
魅力的なヒロイン、エーファの林正子の存在感も際立つ。特に第3幕。年配のザックスの優しさに惹かれる気持ちと決別するように彼への感謝を伝える歌は感動的で、ぐいぐいと引き込まれる。エーファ役の重要さを再認識させられる熱演だった。幕切れ直前、旧弊にこだわる年寄りどもを蹴散らすような、「男気」あるふるまいもお見逃しなく。
ベックメッサーには、この役を最も多く歌っているというアドリアン・エレート。何をやらせても上手い人だ。歌自体が物語のキーとなるヴァルター役には新国立劇場初登場のヘルデンテノール、シュテファン・フィンケ。
ダーヴィットの伊藤達人、マグダレーネの山下牧子、そして豪華メンバーが揃ったマイスタージンガーの親方衆ら、日本勢の充実もうれしい。
イェンス=ダニエル・ヘルツォークの演出は、物語を現代のオペラ劇場に置き換えた。回り舞台を駆使して、劇場の客席や舞台裏、支配人室や靴工房が次々に入れ替わり、視覚的にも楽しい。ザックスは劇場の支配人。履物係から叩き上げで支配人まで昇り詰めたのだろう。第2幕ではベックメッサーだけが中世の吟遊詩人のいでたちで現れる。意地の悪い守旧派の彼だが、それもまた演技ということか。
芸術監督・大野和士の音楽は終始ゆったりめのテンポながら常に推進力を失わない。巨匠の風格が漂った。管弦楽は東京都交響楽団。
《ニュルンベルクのマイスタージンガー》は12月1日(水)まで全5公演。新国立劇場オペラパレスで。

(取材・文:宮本明)