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――Pandora RadioとSpotifyでは、ユーザー層も異なるのでしょうか?
「Pandora Radioのほうが簡単なサービスで、ライトなユーザーに普及しています。最近の車にはPandora Radioを起動するボタンがついていて、ボタンを押せばすぐに起動し、新譜・旧譜、知っている曲と知らない曲がバランスよく流れます。一方のSpotifyは、自分で曲を選ぶ必要がある。1900万曲が聞き放題と言われても、だいたいの人は好きなアーティストのアルバムを聞くくらいで、あとは迷ってしまいますよね。コアな音楽ファンではないと使いこなせない。この問題を解決すべく、Spotifyの中でラジオが起動できるようにするなどの工夫が始まっています」
――Spotifyのビジネスモデルとは?
「音楽業界にとっては、CDより儲かるビジネスモデルです。イギリスで有料会員になると、月に10ポンド。アルバムが8ポンド未満なので、枚数にすると1.3枚、12ヶ月で約16枚も買っていることになる。有料会員は4人に1人ですから、ひとり4枚。先進国のレコード産業の国民ひとりあたりの年間平均売り上げは1.5枚ほどなので、3倍くらい売り上げが増える計算になります。
ただ、これはあくまでも単純計算の話です。実際はCDの売り上げ枚数を「国民ひとりあたり」に直すことはできませんよね。全く買わない人もいれば、年に何十万もお金を落としてくれる人もいる。後者が定額配信を利用し始めると、売り上げがすごく減るのではないかという心配があります。先ほどの計算、ひいてはSpotifyのビジネスモデルは「音楽にお金を払わなかった人がサービスを利用してくれた場合」という前提の上に成り立っているからです。
日本の場合は「再販制度」の問題もあります。再販制度というのは、定価販売を義務付ける法律のこと。また、イギリスはアルバムが8ポンド未満だと言いましたが、日本の平均価格は数年前で約2200円。聞き放題サービスが月1000円だとすると、再販制度は実質的に崩壊することになります。「SpotifyはCDの3倍以上儲かる」というのは再販制度のないヨーロッパ・アメリカの話であって、日本では残念ながら、そこまでの利益は期待できません」
――音楽にお金を使ってこなかった人にとって、月に1000円というのはそれなりに高いと感じる値段かもしれません。
「レコード会社やアーティストへの還元を考えると、1000円がギリギリのライン。しかし、高く感じるユーザーも多いと思います。その解決作として考えられているのが、アーティストごとに、またはジャンル別に200円で聞き放題にする、という仕組みです。アラカルト的に楽しんでもらい、全てを聞きたくなったら、1000円を払ってもらうのです。ほかにも、制作途中のものを配信する、ライブの音源を流すなど、付加価値を付ける方法はいろいろあります。より多くの利益を生むメディアとして確立させるためには、このような形で「積み上げ」していくことが重要でしょう」
――聞き放題サービスの広がりで、CDの位置づけはどう変わるとお考えですか。
「昨年、日本の音楽コンテンツの売り上げは若干プラスでした。内訳を見ると、デジタルが落ち、CDは復調気味。この現状を見ると、CDを無視することは難しい。
ヨーロッパを見ると、iTunes全体は調子を落としているものの、デジタルアルバムセールスは顕著に伸びています。シングルはストリーミングに食われる傾向にありますが、デジタルアルバムはボーナストラックや特別な映像コンテンツがついているため、ファンの購買意欲を刺激するのです。これは日本だと、CDで行なっていることですね。そう考えると、定額配信サービスがより便利になったとしても、CDはCDで残るのではないでしょうか。また、定額配信と組み合わせることも可能です。例えば、CDを1枚買ったら、月200円のデジタルファンクラブに入れるなどの特典をつけると、定額制配信にプラスして使ってもらうことができるでしょう。これまでCDは複製権に価値を置いていましたが、これから何かを利用する権利、つまりアクセス権を付与することで、存在感を残したままでいられるでしょう。
新しいイノベーションが起こると、既存の技術や産業は危機的状況に陥ってしまいますが、このような共存できるような仕組みを作っていけば、その痛みはかなり緩和できる。ストリーミングサービスを広めていく上で、パッケージメディアを再定義は欠かせないと思います」