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――Spotifyは日本に進出すると言われながらも、なかなか時期が確定しません。日本でサービスを展開するにあたり、何が障壁になっているのでしょうか。
「日本で音楽配信をするには「著作隣接権」をクリアする必要があります。レコード会社をはじめとする権利者と交渉して、楽曲を使用すること、サービスが基本無料であることに承諾をもらい、楽曲使用料も決めなくてはならないのです。これが障害になっています。
日本のメジャーレーベルのリーディングカンパニーは2、3社。そのうちの1社が基本無料であることに難色を示しており、Spotifyはなかなか参入できずにいます。それでも本格的に日本進出計画は進んでいますが、もし始まったとしても、一部のレーベルは不参加という状態でのスタートになると予想しています。
日本では、Pandora Radio型のサービスのほうが受け入れられやすいのではないでしょうか。日本のレコード会社は、プロモーションのためにフリーで配信することには寛容だからです。ただ、日本ではラジオがアメリカほど力を持っていないことには注意が必要です。日本にラジオが馴染まなかったのは、電車をよく利用する国民のライフスタイルと、ラジオ受信機の相性が悪かったから。Pandora Radioはスマホ内のアプリで利用できるので、日本でも普及する可能性は十分にあります。
また、基本使用料を無料にすることが難しいのであれば、Pandora Radio のようなパーソナライズ放送と定額配信がセットになった仕組みを日本で構築していくというのもアリだと思います。これも、先ほど申し上げた「積み上げ」のひとつですね」
――「聞き放題サービスの中で楽曲を購入させる」というマネタイズの流れは難しそうでしょうか?
「両立はありえると思うのですが、Spotifyがmp3販売をやったときはうまくいきませんでしたね。定額内で聞ける楽曲を購入する動機には「音質」があると思うのですが、Spotify自体が320kbpsで、普通の人が聞く分には十分に高音質なんです。今後、LTEがどんどん普及していくと、CDの1.4MBをそのまま流すことも可能になる。ストリーミングの音質が限りなく上がっていくことを考えると、高音質は購入の決め手にはなりません。
そう考えると、ここでもアクセス権の切り売りを提供していくほうが求心力はあると思います。具体的に言うと、通常では新曲は発売後3ヶ月はストリーミングに出しませんが、プラス200円を払えば1ヶ月に縮まる、などですね」
――日本でSpotifyが始まると、リスナーの音楽生活はどう変化するのでしょう?
「最大のメリットは、音楽に飽きてしまった人が、音楽の楽しさを再認識できることでしょう。僕自身、30歳を過ぎて音楽離れを起こした時期があるのですが、Pandora Radio に出会ってからは、1日に何時間も音楽を聞く生活に戻りました。Pandora Radioで新しい音楽を知り、Spotifyで聞いたり、購入したりというのが僕の楽しみ方です
また、楽曲レコメンデーションの仕組みや、Spotifyのようなプレイリストをシェアするカルチャーは、新しい音楽との出会いを容易にしてくれます。多く人にとって、簡単に出会える仕組みはありがたいですよね。チャートが定着した理由のひとつでもあると思います。チャートは何年か付き合うと「これは最大公約数であって、自分には合っていない」と気づいて飽きてしまいますが、そのあとの楽しみ方をSpotifyやPandora Radio が提案してくれる。10代で音楽に熱狂したものの、30代を迎えるとあまり聞かなくなる……というありがちなパターンを壊すのがPandora Radio やSpotifyのようなツールなのです」
――SpotifyやPandora Radio は、音楽業界とリスナー双方にインパクトを与えるサービスと言えそうですね。
「これらのサービスが新しい方向を示したのは間違いありません。ただ、ファイナルアンサーではないとも思います。今後は日本独自に進んだ部分を出していけるといいですね。フリーミアムモデルから積み増しモデルにするのもひとつでしょうし、「レコチョクBEST」が、日本人の好みに合わせて独自のレコメンデーションを行なっているのもいい例です。
海外では、音楽はジャンルごとに細かく分類するのが一般的ですが、日本人には合わないというリサーチ結果が出たため、レコチョクでは「ドラマの主題歌」などのテーマでレコメンドしている。こうした日本オリジナルの文化が生まれるのもいいことです。また、映像の分野ではありますが、ニコニコ動画には独自のフリーミアムモデルが出来上がっていますよね。あれは音楽の世界に活用していけるはず。もしかすると、ニコニコ動画が音楽専門のメディアを作るかもしれませんし、新しい舞台が日本の中から出てくる可能性もあると思いますよ。
IFPI(レコード業界の国際組織)のレポートを見ていると、音楽の売り上げは99年から落ち込み始め、半分まで減少しました。それが最近になって、ようやくプラス成長に転じた。内訳ではデジタルが急伸しており、とくに伸びているのがストリーミングのサービスなんです。ストリーミングでレコード産業に還元できるようなシステムが育ってきたのは、音楽業界にとって希望の光と言えるでしょう」
榎本幹朗(えのもとみきろう)
1974年、東京都生まれ。
上智大学在学中より、映像・音楽・ウェブの分野で仕事を開始。スペースシャワーTVとラジオ局が連動した音楽ポータル「ビートリップ」にて、クロスメディア型のライブストリーミング番組などを企画・制作したのち、2003年にぴあ株式会社に入社。モバイルメディアのプロデューサーを経て独立し、現在はエンタメ系の新規事業開発、メディア系のコンサルティングを中心に活動している。MUSICMAN-NETにて『未来は音楽が連れてくる』を連載中。