4.15年前、涙、涙の人事編
今は別の事業ですが、当時写真印刷の事業を行っていたG社の面接官を務めていた人事のHさん。その日も面接に臨みます。人事として10年目、もう面接はなれたもので、明るく快活なHさんの姿を見て、G社に決めたという人も少なくない魅力を持った人物でした。
いつもの通り、部下のIさんと面接に臨むHさん、面接官2・学生1の面接でした。
Iさんが、質問をし、Hさんは内容を確認する役割。そして運命の質問がされました。
「ご両親はどんなお仕事をされていらっしゃるのですか」
(※これは15年前のお話です。当時の面接は今ではタブーとされている親の事とかが普通に質問・回答されていた時代でした。)
面接を受けに来たJさんは、少し口ごもった後に、こう言いました。
「質問…ですね。答えなければなりませんよね」
「そうですね」とIさん。
「両親はいません。二人とも亡くなりました。火事で…。まだ子供の頃だったので、顔も覚えていません」
「そうですか、失礼な質問をしてしまいました。申し訳ないです」とIさん。
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。叔父に引き取られたので、叔父夫婦が育ての親…ですね、とてもよくしてもらって感謝しています」
「そうですか。大変でしたね」
「しかし、悔やまれるのが火事で焼けてしまったのか、両親の写真が一枚も見つからないことなんです。だから顔もわからないんです。だからというのは失礼なのですが、御社は写真の印刷をされているので、私みたいに写真がなくなってしまって困っていたり、悲しんでいる人を助ける何かができるのではないかと、なにか考えがあるわけではないのですが…志望しました」
Iさんは次の質問に困ってしまいました。何を質問すればいいのか。戸惑っているとき、それまで黙っていたHさんが、口を開きました。
「Jさん。残念ながら現在、当社ではそのような事業は行っていません。まったく手をつけていないし、今思いつくこともない。しかし、Jさんの話をお伺いして、まったく形もアイデアもないですが、挑戦する価値はあると思います。でもできないかもしれない。それでも当社に入社したいですか?」
「可能性が0で無い以上は、やってみたいです。同じ業界も受けていますが、初めてです。やろうかと言っていただいたのは御社が…初めてです」
ふとIさんがJさんを見ると、Jさんが涙目になっていました。そして隣を見ると、あの快活なHさんが泣いている。実はIさんも泣くのを必死にこらえていたのです。Iさんもつい先日父親を亡くしたばかりで、父の記憶がよみがえっていたのです。
Hさんは涙を拭こうともせず、こう言いました。
「まだ採用するかどうかはお知らせできません。でもJさんのやりたい事は社長にきちんと話しましょう。それは約束します。」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
こうして異例中の異例、全員涙の面接は終わりました。
すべての面接が終わった後、社長面接に進める候補者を決める会議の席上で、Hさんは訴えました。
「Jさんはたしかに学歴もよくない、決して頭脳優秀とはいえないかも知れない。しかし、似たような答えでお茶を濁す学生の多い中で、彼はやりたいことがはっきりみえていた。私は彼を最終面接に進めたいと思う」
「Hさん、感情論感情論。だめだよ感情に流されて選考しては」とある課長。
「では問うが、この会社に入って、仕事をするとき、あなたは感情がなく仕事しているのか? やる気とか、負けん気とかがあって、仕事が楽しくなるんじゃないのか?」
「まあ確かに…そうだがね。わかりましたよ。社長面接で判断してもらいましょ」
こうしてJさんは社長面接に進み、晴れて新入社員として迎えられることになりました。
そして、15年たち、いまではG社も写真印刷事業から事業転換し、サーバーのホスティングサービスと、顧客先の最重要データの完璧なバックアップ保存に業容が変化しています。そしてその事業責任者は人事から転身したHさん、技術責任者は入社15年目のJさん。すこし面接時の希望とは違った形ですが、記録を絶対に消さないバックアップ技術の技術開発に、理系出身でもないJさんですが、今日も張り切って取り組んでいます。