もしも大切な人が、毎日記憶を失くしてしまうとしたら──
劇団ナイスコンプレックスの人気作『キスより素敵な手を繋ごう』が6月に東京・福岡で上演される。前回に続き、記憶障害となる裕樹役を演じる中村誠治郎は「自分の役者人生にとって大切な作品。去年とキャストが変わり、ぜんぜん違う感覚です。目の前の人に向き合えばお芝居は変化していく。それがめちゃくちゃ楽しいです」と意欲的だ。

舞台はとある下宿。極度のストレスにより一日しか記憶を保てなくなった刑事・裕樹と、その夫を支え愛し続ける妻の物語だ。

新たにキャスティングされた小笠原健は、前回の上演を観劇しており「すごく良かった!やっぱりタイトルが素晴らしい。『キスより素敵なことなんかない!』と思っていたし、途中は苦しいシーンもあるけれど、タイトルの謎がとけた時に『はっ!』とします。この気持ちよさは観ないとわからない」。観劇後すぐに、旧知の仲である中村に感想を言いに行った。「正直、アクションだけの人だと思っていました。芝居うまいんですね」という照れ隠しともとれるような感想が、中村にはとても嬉しかったそうだ。「アクションが得意で芝居の他にも何かを極めようと殺陣をはじめたけれど、いつのまにか殺陣しか褒めてもらえなくなっていた。だから素直に嘘なく芝居の感想を言ってくれて、すごく嬉しかった」。

作品は過去と現在が入り乱れ、病気や事件を題材としているため、演じるには心身ともに体力がいる。前回の公演では中村の顔に吹き出物が出るほど精神的に負荷があったが「そこまで臨めるのはありがたいし楽しい」と言う。過酷だが、それでも前のめりなのは、演出のキムラ真はじめ関わる人達が演劇に対して真剣だからだ。
中村はよく、稽古が終わった後もキムラに連絡し、芝居の相談をする。「キムラさんは情熱的で、まっすぐで、信頼できる。いちばん良い観客です。何度も上演しているのに稽古場で泣くんですよ」。小笠原も「自分も頑張らないと、と焦ります。全員、お芝居が大好きなんだろうなという情熱がある」と背筋がのびるようだ。

しかも福岡公演では、俳優がそれぞれの方言でセリフを話す。「自分の言葉に近い公演を観ると、よりリアルで面白いですよ」と自信を見せる小笠原。福岡出身の中村も「飛行機代を払う価値があります」ニヤリと太鼓判を押した。

文・取材=河野桃子