二期会の創立70周年記念公演《パルジファル》(ワーグナー)は、宮本亞門のワーグナー初挑戦(ラン歌劇場との共同制作)のジャパン・プレミエ、バイロイト音楽祭でも評価を得ているドイツ・オペラの名匠セバスティアン・ヴァイグレの指揮と、注目ポイントが山盛りだ。題名役を歌うのが日本のエース・テノール福井敬。
「私の演じるパルジファルは〝聖なる愚者〟です。ワーグナーのオペラのほとんどは、理想的な男性像の、強いヒーローが主役ですから、かなり特殊な主人公です。最初は自分の名前すら知らない、本当に無垢な、人としてゼロの存在。そのゼロ=透明さを表現するのが難しいところです」
純粋無垢なパルジファルが、さまざまな「智」を獲得しながら人として成長し、最後には救済者となる。
「人間として覚醒する瞬間を経て、成長の前後の表現の変化が見どころになると思います。どう演じるのか、自分でもまだわかりません。自分だけで意図的に作るのではなく、これからの稽古の中で、他の役の作るドラマとともに出来上がっていくことになるわけです」
「面白いのは、オペラのテノールにはこういう〝覚醒〟を体験する役が結構多いんです。《愛の妙薬》のネモリーノ、《魔笛》のタミーノ……。〝男の子〟が、愛を知って〝男〟として成長する。それがワーグナーにもちゃんと受け継がれているのですね」
10年前、二期会創立60周年の《パルジファル》でも同役を演じた。
「10年経って、ワーグナーの意図を、より明確に感じられるようになった気がします。ワーグナーの作品にはいつも、相対するものとして神と人間が登場するのですが、それはワーグナーが、人間の多様性を、より深く描き切ろうとしたから。だからこそ、演じる私たちが人間という存在をよくわかっていないと、なかなか表現できません」
上演はダブル・キャスト。もう一方の組でパルジファルを演じるのは、若手のホープ伊藤達人だ。
「いいですよ! いい声で、元気で溌剌としていて。人間的にもチャーミングで、パルジファルにぴったりじゃないですかね。すごく期待しています。もちろん私も、彼のような若い人たちに、何かを見せられたらなと思いながらやっています。自分自身も、先輩方からそうやって授けられてきたのですから。でもね、若い人にはついていくのがやっとですよ(笑)」
「彼だけでなく、どの役をとっても、みんな個性が違うので面白いですよ。たぶんそれぞれの組で、まったく違う《パルジファル》になっていくんじゃないかなという期待があります。音楽の〝色〟まで変わってくると思うので、できたら、ぜひ両組ご覧いただいて、同じオペラでもこんなに違うんだというところも楽しんでいただければと思います」
二期会《パルジファル》は、7月13日(水)、14日(木)、16日(土)、17日(日)の4公演。初日のみ17時開演、ほかは14時開演(上演時間は休憩を含めて約5時間)。東京文化会館大ホールで。