しかし、彼にとって並々ならぬ思い入れがある小説の映画化を、なぜ日本に委ねることにしたのだろう? 海外文学の日本での映画化自体、これまでにもあまり多くはなく、近いところでは、パウロ・コエーリョによるポルトガルの小説を真木よう子の主演で映画化した『ベロニカは死ぬことにした』(’05)ぐらい。本格犯罪ミステリーとなると、それこそ黒澤明監督がエド・マクベンの『キングの身代金』をベースに映画化した『天国と地獄』(’63)にまで遡らなければいけないほど異例のことなのだが……。それについては、デイヴィッド氏が幼いころから親日家で、日本の文学や映画の大ファンだったことが大きく影響している。本人の言葉に耳を傾けてみよう。
「若いころから日本映画のファンで、東映のヤクザ映画も知っていたから、その東映からオファーをもらったときは本当に驚いたし、嬉しかった。確かに、自分の小説が外国で知らない言葉で映画になるというのは、ちょっと不思議な感覚ではあったよ。でも、日本で原作の小説がすごく売れていて、人気があったし、独立系のプロデューサーや小さな製作会社からのオファーだったら本当に実現するのか不安だから、躊躇したかもしれないけれど、東映というメジャーの映画会社で作ってくれるのなら、いい効果が期待できるかなと思ったんだよ」
ハリウッドでの映画化にこだわらなかったのは、過去の苦い経験があったからなのかもしれない。
「ハリウッドにもし映画化権を預けても、実現までに何年かかるか分からないし、最悪、形にならないかもしれない。だから、僕のエージェントも“ハリウッドで作った方がいいんじゃないか?”とは言わなかった。それに、ニューヨークにいる友だちも“アメリカ人の小説が日本で映画になるなんて、すごくクールだ”って言ってくれたから、トライしてみようと思ったんだよ」
幼少期に観た『ゴジラ』(’54)や『子連れ狼』シリーズ(’72~)、『座頭市』シリーズ(’62)から日本映画に興味を持ち、思春期のころに観た黒澤明監督の『七人の侍』(’54)、『用心棒』(’61)、『天国と地獄』にインパクトを受け、溝口健二、小津安二郎、成瀬巳喜男の映画も好んでみたという。さらに浮世絵や川端康成、谷崎潤一郎らの小説にも惹かれるものがあるという。
「なぜ日本の映画や絵画、文学にハマったのか? を説明するのは難しい。それに日本語は全然できないから、自分の理解は大したものじゃないかもしれないけど、それでも自分の心にすごくひっかかるものがあるんだ。だから、自分が小説を書くときも、人物ばかりを描かず、ちょっと距離をとって、日本映画的なフィーリングを出そうとしているところがある」
そんな日本通のデイヴィッド氏には、映画『二流小説家』はどう映ったのだろうか? そこを何よりも直撃したかったのだか、取材は彼が本編を観る前だったので、あえなく断念。それでもトレーラー(予告編)を観た感想を嬉しそうに語ってくれた。
「短いトレーラーを観ただけで、登場人物が原作のどのキャラクターなのかすぐ分かったし、とてもスリリングな作りになっていてエキサイティングだったよ。主演の上川さんも雰囲気がピッタリだし、ニューヨークにいる日本人の友だちの女性が“彼はミステリアスな面がある俳優”と言っていたので、そういう点でも合っていると思う。獄中にいる犯人を演じた武田さんも非常に役とフィットしていて、彼が叫んでいるシーンを観たときも本のどの場面なのか、僕には瞬時に分かった。映画全体も物語のスピリットをきちんととらえているんじゃないかな」
大好きなものを追い求める情熱とそこで養われた確かな眼差し、諦めない心と何事も楽しむことができる自由なマインド。そういったものがデイヴィッド・ゴードンに今日の地位をもたらしたのかもしれない。そんな彼に、最後に今回の命題……「一流」とは何かを尋ねてみた。
「『二流小説家』という小説は、主人公の作家が二流から一流になるプロセスを書いたものだ。彼はとても勇敢に小説の中で振る舞っていて、逃げることもできたのに、逃げずに立ち向かうよね。そこが重要なポイントというか、一流であることのひとつの答えだと思う。彼は普通の一般的な人間で、ヒーローになりたいと思っているわけではないし、戦いたいと思っているわけでもない。ただ、何かを選ばなければいけない状況になったら、正しい判断をする。例えばそれは人を護るということだったりもするんだけど、そういうことができるのも一流の条件じゃないかな。それと、物語の最後で彼は、やっぱり自分の書きたいものを書き続けていこうと決心するけど、自分のやりたいことをやり続けられる力や意志が備わっていることも一流の証なんじゃないかなと僕は思っているよ」
そうはっきり言い切ってくれたデイヴィッド氏。待望の長編第2作『ミステリガール』も刊行されたところだが、彼の“一流”としての仕事はまだ始まったばかり。今後の活躍からも目が離せない。