(c)Yoshinobu Fukaya

9月、東京二期会の新シーズンが《蝶々夫人》(プッチーニ)で幕を開ける。創立70周年記念シリーズの一環。明治の長崎を舞台に、米海軍士官と結婚した日本人妻の愛と悲劇を描くオペラは、ミュージカル《ミス・サイゴン》の下敷きにもなっている名作だ。主役の木下美穂子(ソプラノ)に聞いた。

これまでに50以上のプロダクションで100回ほど演じてきたという蝶々さん役。
「お話をいただくたびに、また歌える!といううれしさとともに、またあの苦しみを味わうのか、という不安も湧いて、いつも覚悟が必要な役です。出ずっぱりの長丁場をきっちり声楽的に最後まで持っていけるかが一番の問題ですが、メンタルの疲労も激しい。結婚の幸せから絶命まで、彼女の人生を歌っていくと、最後は心も喉もぐったり。その世界から抜けるのには時間が必要で、『終わった!さあ帰りましょう』という感覚はいっさいありません。独特なオペラだと思います」
役と完全にリンクして演じている証拠だろう。
「あとはやはり日本的な所作ですね。とくに日本で歌う時には、お客さまが着物の所作などもよくご存知なので、いっそう神経を使います。ただし、そこだけを追求していくとプッチーニの音楽とかけ離れてしまう危険もある。毎回答えを探しながら演じています」今回の舞台は、その「日本の美」に彩られた栗山昌良演出。栗山は1957年に二期会で『蝶々夫人』を初演出。現在の舞台は90年代に新制作され繰り返し上演されている、栗山=蝶々夫人の決定版だ。
「私は今回で5回目。美しくて、歌える喜びがあって、何度でも演じたい舞台です。最初にお会いした時、登場で一歩足を踏み出した途端に『ストップ! 椅子を持ってきて座りなさい』と厳しくご指導いただいたことを、稽古場に向かう道で今も思い出します」96歳の大巨匠はいまだ現役で、今回の稽古にも指導に出向いた。公演の指揮者アンドレア・バッティストーニは35歳のイタリアの若き至宝。世代も国も超えたコンビの化学反応も楽しみ。
木下は見せどころとして第3幕を挙げた。
「ただきれいに、ただ悲しく歌うのではなく、強さや可愛らしさ、機転のきく利発さ…、瞬間ごとにいろんなチャーミングな蝶々さんを印象づけたい。私は第3幕が一番好きなんです。張り詰めた空気の中で続く短いセンテンス。言葉の一つひとつの重みを伝えられるように、集中して歌っています。ぜひお越しください」
二期会《蝶々夫人》は9月8日(木)9日(金)10日(土)11日(日)の4公演。新国立劇場で。
(宮本明)