これまで語られにくかった“ヴィジュアル系前夜”の話

冬将軍:この本では、もちろんヴィジュアル系のことを語っているんだけど、裏テーマは「ヴィジュアル系から見た日本のロックシーン」なんです。

このバンドがヴィジュアル系かどうか、っていう議論は抜きにして、根幹としてヴィジュアル系と呼ばれる要素を持っているバンドがいて、そこから派生していろんな音楽が交わっていく。

先ほども話題に上がったけど、BUCK-TICKとXの対立の中で今井寿とhideが交わって、お互いのファンが理解し合う。そこの最大公約数というべき存在がTHE MAD CAPSULE MARKETSだった。そこからミクスチャーロックに発展していったり、海外のインダストリアルロックを知った人も多かった。そうやってどんどん広がっていった、それが90年代の日本のロックシーン。

THE MAD CAPSULE MARKETSがヴィジュアル系だとは思ってもいないけど、ヴィジュアル系の歴史の中で多大な影響を及ぼした重要な存在のバンドだという話ですね。

藤谷:そうですね、さっき「我が強い」とか言っちゃいましたけど、視野が狭い本ではないんですよね。そういう外に向いた風通しのよい本だなって思います。視野が広いというか、いろんな文脈を知ることができる本でもありますよね。

例えばビーイングとヴィジュアル系って無関係だと思っている方もいるかもしれませんが、実は本書にあるように脈々と繋がっていて、現在ビーイングのレーベルに所属している、甘い暴力と-真天地開闢集団-ジグザグがいる。甘い暴力はシーンで確固たる存在感をみせているし、-真天地開闢集団-ジグザグは武道館公演も決まっています。さらにジグザグはROCK IN JAPAN FESTIVALにも出ていますからね。こういった状況って、歴史や文脈を知っているとさらに面白く感じるのでは。

冬将軍:BOØWYが昔ビーイング所属だったことや、氷室京介がBOØWY結成前に織田哲郎の後任ボーカリストとしてバンドデビューしていたことを知らない子も今はいるでしょう。

藤谷:そもそも織田哲郎は、アラフォーの私の世代でもCMソングのヒットメーカーという印象なので。こういった、誰かが書き残しておくべき話が盛りだくさんで、加えてヴィジュアル系がヴィジュアル系と呼ばれるようになる前、 “ヴィジュアル系前夜”の話が多いですよね。

冬将軍:それが自分にとってのロックの原体験なんです。それを書きたかった。

BOØWYやBUCK-TICK、X、LUNA SEAあたりまでは聴いていたけど、ヴィジュアル系四天王の『Break Out』時代になると勘弁っていう人や、hideあたりから洋楽にいっちゃった人もいっぱいいると思うので、そういう人が読んでも面白い本にはしたいなと思って書きました。星海社さんの新書なので、本屋さんの音楽関連書籍売り場ではないところに置かれるヴィジュアル系の本だし、「昔聴いてたな」っていうビジネスマンでも楽しめるような。

藤谷:わたし自身、これまでさんざんヴィジュアル系について語る仕事を(勝手に)してきているのですが、前夜って意外と取り上げられにくいという感覚はありました。『Break Out』時代の話ももちろん触れてはいるものの、『Break Out』ブームそのものよりは、それに抗っていたタイプのバンドである黒夢の話が大きく取り上げられていますね。

冬将軍:黒夢って、黒服系からスタートして、ソフヴィ(ソフトヴィジュアル系)への影響、そして脱ヴィジュ(脱ヴィジュアル系)してパンクへっていう、90年代ヴィジュアル系シーンの変化を象徴するバンドだと思うんですよ。いわゆるヴィジュアル系っぽい歌い方って清春がパイオニアみたいなところもあるし。

『Break Out』は藤谷さんと市川哲史さんの著書『すべての道はV系へ通ず。』にも書かれていましたが、あの番組をよく思っていない層も多かったじゃないですか。

藤谷:これは世代差なんですよ。私よりも下の世代の人はヴィジュアル系を『Break Out』で知ったので、ポジティブに捉えている人が多くて、私はちょうど中間くらい。もうちょっと上だと「あんなバラエティ的な捉えられ方はロックじゃない」という方も多いわけで……。どの派が悪いとかではなくて。

でもね、わたしの観測範囲内ですと、否定派の人はだいたい関東近郊の人なんです。つまりライブ現場、テレビ、ラジオなど、「情報が潤沢にあった」人たちなわけで。『ミュートマジャパン』や『HOT WAVE』を観ることができて、NACK5が聴けて、東京のライブに子供の小遣いレベルの電車賃で行けたり、全国ツアーで絶対地元でライブやるようなやつら(やつら?)がそれを言ってるとね……。あ、冬将軍さん、目をそらさないでください。

冬将軍:まぁ、自分も横浜なんで四六時中TVK見てたからなぁ(笑)。マイケル富岡がビデオジョッキーやってた頃の『ミュージックトマトJAPAN』時代とか。それでいうと象徴的なのがラルクの『ポップジャム』事件ですよね。あれもヴィジュアル系肯定派の人たちは「えっ?」って驚いたと思いますし、否定派の人たちは「よくやった!」みたいな気持ちもあった。

藤谷:どうなんすかね、あれで変な「お約束」みたいなものができたというか、「ラルクはV系って言っちゃいけないんだwww」みたいに面白がってる人もいたのでは。良くも悪くも言葉に振り回されてたなと思います。

あと最終章の<ヴィジュアル系がカッコ悪くなくなった今>というタイトルなんですが、正直私はこの部分を疑問に思っているんです。「昔のヴィジュアル系はかっこよかったけど今のヴィジュアル系はダメ」というご意見も見かけますし。

まあそりゃ審美眼は人それぞれですし、ジャンルの歴史全部愛せとも思わないけど、今度はジャンル内の中でのレッテルや見下しが出てきたのかなと個人的に思います。

冬将軍:まぁ「昔は良かった」と言う人が多いのは、どのジャンルでもあることですからね。