“ヴィジュアル系をやろう”と思ってやっているバンド

藤谷:人間は悲しい生き物だから……。で、冬将軍さんは、ヴィジュアル系をやろうとしてやっている人と、そうじゃない前の世代の人は違うと本の中で仰っていたじゃないですか。ただ、「私はヴィジュアル系をやろうと思ってやっている人」の何が悪いんだろう、ってずっと思っているんです。

ヴィジュアル系がかっこいいと思っている人がヴィジュアル系をやってなにが悪いの? 各々がかっこいいと思っている音楽をやればいいんじゃないのかなと。

冬将軍:そこを否定するわけじゃないんですけど、スタートが違うから価値観の理解は得られないなと。ヴィジュアル系の概念がない時代にオリジナリティを極めた結果、メイクすることに行き着いた人たちと、最初からヴィジュアル系が存在していて、それをやりたくてやり始めた人たちの相互理解は正直ないと思います。でもそれが悪いことだとも思わない。

ただ、反感覚悟で言いますが、ヴィジュアル系がやりたくてバンドを始めた人たちの中には、形ばかりにとらわれて音楽に対する意識が低いと感じる人も多くいた。本書でもcali≠gariの覆面バンド、La'royque de zavyの話をしていますが、ヴィジュアル系様式美というものが出来上がっていて、ただそれをなぞっていればいいだろ的な。

自分は長年A&Rディレクターとしていろんなジャンルのバンドを見てきたんですけど、「お前、メイクに1時間かけるなら、50分にして、10分外行って声出ししてこい!」っていうヴィジュアル系バンドマンが何人いたことか。普通のバンドであれば、100パーセント音楽に向きあえるところをヴィジュアル系バンドはメイクなりに何パーセントか割くわけじゃないですか。その比重を間違えているバンドがいることも事実なんです。

藤谷:そうかしら〜? クオリティ低いバンドって少ないと思うんですよ。ブーム期の青田刈りされていたバンドよりもずっと。でも、そうなるとね、みなさん(誰?)はおっしゃるんですよ! 「上手い下手じゃない、こじんまりしてしまって、破天荒なバンドがいない」って! はあ、左様でございますか〜〜〜! その破天荒さをアイドルに求めている人も多いですよね。

冬将軍:ここ10年くらいで成功した女性アイドルグループを挙げると、ももいろクローバーZ、BABYMETAL、BiSH、PassCode……みんなロックファンを巻き込んで上に行ったんですよね。だから、みんなロックの破天荒なところや激しさを求めているんだなって。

そうそう、最近の若いバンドマンに話を聞くと、BiSHのバックバンドをやりたいから楽器を始めたとか、まだ無名のアイドルのバックバンドをやって一緒に武道館まで行くというサクセスストーリーを思い描いているバンドマンがものすごく多いんですよ。だから今のバンドマンにとってアイドルの存在は我々が考えている以上に大きい。

藤谷:歌い手や配信者のグループのバックバンドのミュージシャンにも、ヴィジュアル系畑出身の方を見かけますね。あとは「上に行く」ドリームも今はバンドよりもYouTuberなのかもしれませんね。地元の仲間で集まった結果全国区の人気者に!みたいな「成り上がりドリーム」の手段が楽器じゃなくてカメラなんだなぁ……。推しと結婚できちゃうからなあ……。まぁそれは一例のみですが……。

冬将軍:そこは80年代も「これからは打ち込みだ」とか、90年代は「これからはDJだ」とか言われてきたし、ギターメーカーのフェンダーがその昔「ライバルは他のギターメーカーではない、任天堂だ」って言ってたくらいだから。いい意味での対抗心で盛り上がってくれたらいいなって。でも「弾いてみた」動画で有名になって、アーティストのバックをやるっていうパターンも増えているし……って、もうヴィジュアル系の話ではないな、これは(笑)。

<ヴィジュアル系がカッコ悪くなくなった>と書いた理由

藤谷:話を戻すと(2回目)。バンドシーンの中でも今は存在感が失われているかもしれないヴィジュアル系をやりたいと思っている時点で、相当ヴィジュアル系が好きで技術を磨いている人が多いと思うんです。

だから今は、ステージの上にも下にもヴィジュアル系が好きな人しかいないんですよね。儲けたいとかモテたいとかブームに乗りたいじゃなくて、良くも悪くも本当にヴィジュアル系が好きな人しか残ってない。演歌みたいにそういうジャンルとして続いていくのか、また違う風穴の開け方があるのかはわかりませんが。

最近『明日、私は誰かのカノジョ』って漫画が人気じゃないですか。レンタル彼女の大学生や、パパ活女子、20代のホストに通う女の子たち、配信者オタクの高校生など、いろんな女性が主人公の連作なんですね。こないだまでやっていた章では、40歳の元バンギャルが主人公で、これを読んだときに「ヴィジュアル系って40代が好きなものとして描かれるんだな」って改めて感じちゃいましたね……。

それは当然といえば当然なんですが、何百万部も売れている漫画でヴィジュアル系がもう若者のカルチャーではないという事実を突きつけられると、「あぁそうだよな」と、遠い目に。

冬将軍:でも、BUCK-TICKやLUNA SEAのライブ行くと若い子も多いですから。ヴィジュアル系って、バンドマンのカッコつけの究極形態じゃないですか。そこは普遍的なものだと思うから。好き嫌いは別としても、あっちゃんやSUGIZOのステージでの姿を見て、何も思わないバンドマンはいないでしょう。

藤谷:「親が聴いていた」って人もいますしね。あと、今って良くも悪くも「ダサくても楽しかったらいいじゃん」っていう空気があると思うんですよね。景気が悪くなって経済にカルチャーが敗北したともいえるし、不毛なセンス競争がなくなったともいえる。

だからヴィジュアル系がかっこ悪くなくなったというよりは、みんなダサいものをダサいと言わなくなったのかなと。

冬将軍:自分が<ヴィジュアル系がカッコ悪くなくなった>って言っているのは、蔑称だったヴィジュアル系がきちんと確立されるところまで来た、ということ。ダサいとか好きじゃないっていう人は当然いるでしょうけど、別にそれを否定しているわけではない。海外人気もあって、ひとつのカルチャーとして誰もが認めるところまで来られたことが大きいと思っています。

X JAPANとLUNA SEAと GLAYが揃って自らヴィジュアル系を名乗るなんて90年代には考えられなかったし、DIR EN GREYなんて、10年ちょっと前と今の評価って全然違うじゃないですか。

藤谷:え〜、そりゃあBUCK-TICKもDIR EN GREYもcali≠gariもMUCCもかっこいいですよ。でもそれはヴィジュアル系シーンの中ですら評価が不動のものじゃないですか、そういうバンドが外側から評価されても「せやろな」ですよ。

あと、文脈の共有の不足も感じます。たとえばPlastic TreeってZI:KILLの影響下にあると思うのですけど、で、DEZERTはPlastic Treeの影響もある。30年の歴史全体の話ってまだあんまりやっている人を見たことがない。いや、わたしがやれという話ですが……。加えて、海のものとも山のものともつかない若い世代のバンドに光が当たりにくくなってると思うんです。これは私みたいな書き手の努力不足もあるなあと痛感する日々ですが……。もっと精進しないと……。