撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

10月2日(日)、新国立劇場のオペラ2022/23シーズンがヘンデル《ジュリオ・チェーザレ》新制作で幕を開けた。
2011年にパリ・オペラ座で初演されたロラン・ペリー演出のプロダクション。古楽界の巨匠リナルド・アレッサンドリーニの指揮。見どころも聴きどころも満載だ。
チェーザレ(カエサル、シーザー)やクレオパトラら歴史の有名人が登場する物語は、ヘンデルのオペラの中でも人気が高い。ペリーは現代のエジプト博物館の収蔵庫を舞台に、不思議な時空の歪みを作り出した。冒頭いきなり、棚の上の胸像たちが口をパクパクさせて合唱すると、搬入されてきたローマ時代のカエサル像のすぐ横で〝本物〟のチェーザレが歌い始める。紀元前の物語がここで起こっているのだ。映画で言えば『戦国自衛隊』を逆パターン(過去から現代へ)にして『ナイト ミュージアム』とミックスしたような設定。
喜劇的な要素も多い台本とあって、演出は遊び心たっぷり。博物館の収蔵品にヘンデルの肖像画が混ざっていたり、クレオパトラと弟トローメオ(プトレマイオス14世)が運動会よろしく騎馬戦で戦ったり。随所でくすりと笑わせる。クレオパトラの腹心ニレーノの〝エジプト・ポーズ〟も、一度ツボにはまるとクセになる。
アレッサンドリーニの、切れよく、鮮やかに変化する音楽で、4時間半の長丁場も短く感じる。パリでのこのプロダクション初演は古楽オーケストラによる演奏だったが、今回は東京フィル。モダン・ピッチで弦はノンヴィブラート。チェンバロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、テオルボの通奏低音チームが加わって「バロック感」をぐっと引き寄せる。
26曲もあるアリアはすべてダ・カーポ・アリア(他にアリオーソが3曲)。ABAと繰り返す時の自由な装飾や変奏が聴きどころだ。歌手たちはそれを嬉々として巧みに歌い、「なるほど、そう来るか!」と、いろんな引き出しで楽しませる。アレッサンドリーニの存在も頼もしかったに違いない。
歌手陣の水準はきわめて高い。カストラートのために書かれた役を女声とカウンターテナーに置き換えた、オリジナルに忠実な声部構成。題名役のマリアンネ・ベアーテ・キーランドは将軍らしい凛々しいメゾソプラノ。妖艶なクレオパトラは「バロック大好き」という森谷真里。クレオパトラの心の変化を巧みに描いていく。終幕の二人の、ヴィブラートをコントロールしてずっとハモリっぱなしの二重唱にも舌を巻いた。
金子美香のセストも秀逸。バイロイトでワーグナーを歌い、アレッサンドリーニでヘンデルを歌う。彼女だけでなく、古楽とモダンそれぞれの様式を軽やかに行き来できる歌手たちが揃った。
コロナが感染拡大し始めた2020年4月に一度断念した公演。舞台からは念願の上演への熱も伝わってくる気がした。新国立劇場の《ジュリオ・チェーザレ》は、このあと10月5日(水)、8日(土)、10日(月祝)の残り3公演。
(宮本明)