アンドリュー・マンゼ

 古楽器奏者から指揮者に転じた例はアーノンクールやブリュッヘンをはじめ少なくないが、アンドリュー・マンゼのようにバロック・ヴァイオリンから転身後は古楽界と一線を画し、モダン・オーケストラ一筋というのは案外珍しいかもしれない。指揮者として、日本ではNHK交響楽団に2度登場している。
 そのマンゼが、2014年より首席指揮者を務めるNDR北ドイツ放送フィルハーモニー交響楽団(以下NDRフィル)を率いて、11月に日本ツアーを行う。ハノーファーを本拠とする同団は、1998年から2009年まで大植英次が首席指揮者を務めたことでも知られ、その時以来の来日となる。
 「NDRフィルは放送局のオーケストラですので、地元での公演はすべてラジオで放送されます。また、ドイツ北部のさまざまな都市でも多くの公演を行っています。フレキシブルなオーケストラで、バロック音楽や映画音楽、ジャズなど幅広いジャンルの音楽を弾き分ける柔軟性を持っています。
 今回の日本ツアーではベートーヴェンとブラームスという王道的なレパートリーをお届けしますが、こうした慣れ親しんだ曲でも、私たちは毎公演、そのホールに集まってくださる聴衆の方々のために演奏をすることを何よりも大切にしています。私たち自身、聴衆から大きなインスピレーションを受けているのです」
 メインの演目の一つであるベートーヴェンの《英雄》は、2012年のN響客演の際にも取り上げたマンゼの得意とするレパートリー。「言うまでもなく、《英雄》は西洋音楽の流れを変えた画期的な交響曲です。冒頭の2つの和音は、ベートーヴェンがまるで『私の話を聴け!』と言っているかのようで、そこから驚くべき旅が始まります」
 また交響曲第7番については「強いリズム感と緊張感が曲全体を貫く、エネルギーそのものが表現されている曲」と彼は語る。モダン楽器を使用しつつ、歴史的奏法を取り入れた溌剌とした演奏が期待できよう。
 ゲルハルト・オピッツをソリストに迎える2曲のベートーヴェンのピアノ協奏曲については、「まったく性格の異なる曲」と話す。「第4番はピアノとオーケストラの間に交わされる親密な詩のようであり、他方で第5番は壮大な建築物のような曲です。オピッツさんとは初めてご一緒しますが、ドイツの正統的なピアニズムを受け継ぐとても気品のある演奏家だと思います。特に、自己顕示欲とは無縁で、音楽を深く追求するその姿勢には強く共感します。きっと楽器から直接観客に音楽が伝わるような、すばらしい演奏になることと思います」
 マンゼとNDRフィルにとってもコロナ禍以来初の海外ツアー。10年近くにわたって築き上げてきた信頼関係と、一つひとつの演奏会にかける彼らの強い思いが結実し、各公演とも「一期一会」の音楽体験となるにちがいない。
(取材・文/後藤菜穂子)