妹尾河童の自伝的小説『少年H』が、刊行から16年を経て、ついに映画化される。監督は『鉄道員』『あなたへ』などの降旗康男。少年Hの父と母を演じるのは、実生活でも夫婦である水谷豊と伊藤蘭。そして、脚本を手がけるのが『ALWAYS 三丁目の夕日』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞も受賞した古沢良太だ。
豪華なスタッフとキャストで映画化されるこの作品の公開前に、脚本の古沢良太に話を聞いてみた。これまでに発表してきた多くの作品は、はたしてどのようにして生まれてきたのだろうか?
原作モノは傷つけないように
古沢良太の脚本といえば、昨年4~6月期にフジテレビ系で放送された堺雅人主演の『リーガル・ハイ』が大いに話題となった。このドラマは古沢良太のオリジナル作品だが、『ALWAYS 三丁目の夕日』『探偵はBARにいる』『外事警察』『鈴木先生』など、これまで古沢良太が脚本を手がけた映画作品には原作モノが多い。『少年H』も1997年に刊行された、上下2巻からなる妹尾河童の自伝的小説が原作だ。
「基本的に、原作モノは人の作品をあずかっているようなものなので、傷つけちゃいけないと思っています。原作者も原作のファンの人もガッカリして欲しくないので……。まあ、完全にガッカリさせないというのはなかなか難しいんですが、そういう人たちにも喜んでもらえるように、考えて書くようにはしています」
確かに、オリジナル脚本とはまた別に、原作モノには原作モノの難しさがある。『ALWAYS 三丁目の夕日』の原作、西岸良平のコミックは、現在61巻まで刊行されているが、最初に映画化された2005年の時点でも、50巻以上の単行本が発売されていた。
「『ALWAYS 三丁目の夕日』は、とくに原作がたくさんあったので、あれもやりたい、これもやりたいという思いがありました。それで、僕がやりたいと思ったことをどんどん詰め込んで、かなり長い脚本になってしまったんです。それを直しながらみんなで削っていったという感じでしたね。『少年H』に関しても、最初は長い本になったんですが、監督がうまく編集してくれました(笑)。長い原作をうまくまとめるコツがとくにあるわけではなくて、重要だと思うエピソードを選んで書いているだけなんです」
『少年H』は、昭和初期の神戸を舞台にした物語。洋服の仕立屋を営む父・盛夫(水谷豊)、大きな愛で家族を包む母・敏子(伊藤蘭)、“H”と刺繍されたセーターを着たことからHと呼ばれるようになった長男・肇(吉岡竜輝)、そしてHの2歳年下の妹・好子(花田優里音)。平凡だが幸せな暮らしをしていたこの4人家族のまわりに、だんだんと戦争の影が色濃くなっていく。やがて戦争が始まり、軍事統制も厳しくなっていくが、父・盛夫は、Hに現実をしっかり見ることを教えていく──。
原作はタイトルの『少年H』が示す通り、Hが主人公として書かれている。しかし映画では、父・盛夫が主人公になっていて、戦争に突入していく不穏な世の中にあっても、彼が自分の目で見たこと、自分の肌で感じたことを、自分の言葉で息子のHに伝えていく姿がしっかりと描かれている。
「映画の『少年H』は、父親である盛夫さんの仕事が洋服の仕立屋であるということを、原作よりも濃く色づけしてあります。大人の人間を描くときに、その人の職業はすごく大事な要素なので、そこは避けて通れませんからね。それに、盛夫さんが当時の日本人には珍しくリベラルな考え方をしているのは、やはり洋服の仕立屋さんとして、外国人のお得意さんと多く接していたからだと思うんです。そこは重要な部分だと思いました」
映画は、大空襲によって焼け野原になってしまった神戸で、Hたちの家族が新たな一歩を踏み出すところまでが描かれている。
「この原作は、戦争モノというより、ひとりの少年とその家族の日常の物語なんですよね。たまたま背景に戦争があったというだけで……。その日常が楽しく描かれているのが魅力だと思います。ですから、映画もあまり戦争映画っぽくならならないように、どちらかといえば少年と父親を中心としたホームドラマのようなテイストになればいいなと思って書きました。そのあたりを見てもらえると嬉しいですね」