「千人回峰 動画版」スタート、第1回のゲストはIOデータ機器の細野昭雄会長

比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」からその名を拝借した「千人回峰」。BCNの奥田喜久男 会長が千人の方々と会い、哲学や行動の深淵に触れたいと、週刊BCNで続けている連載だ。その特別編として「千人回峰 動画版」をスタートした。 最初にご登場いただいたのはアイ・オー・データ機器(IOデータ機器)の細野昭雄 代表取締役会長だ。石川県金沢市の本社にお邪魔して、およそ90分にわたってインタビュー。11月9日、Teams Liveで生配信した。その模様をダイジェストしてお伝えする。主な話題は、この6月に上場廃止に踏み切った経緯と、同社の未来について。細野会長と奥田会長が織りなす当意即妙のやり取りは、是非、動画のアーカイブでお楽しみいただきたい。

「上場廃止は遅すぎたかもしれない……」。細野会長はそう語る。IOデータ機器は1991年3月に株式店頭公開。2004年12月のジャスダック上場、15年8月の東証二部への指定替えを経て、16年12月には東証一部上場を果たした。しかしこの3月、細野会長が設立した持ち株会社AHCがTOB(株式公開買い付け)を実施。自社買収を完了させ6月15日の最終取引をもって上場を廃止した。

資金調達や知名度の獲得、人材採用と上場のメリットは確かにあった。しかし「上場を維持する、というメリットは何なんだろうという想いが芽生えた。原点に返りたくなった」(細野会長)という。「3年後、5年後に必要なものを、リスクを取って開発するのはメーカーとして必須。しかし、上場を維持するために目先の売り上げや利益のことに気を取られる。安全な方向ばかりを向いてしまう。このままでは海外やよそで作ったものを売るだけの存在になりかねない」という危機感から上場廃止を決断した。

「上場して、5年、10年はぬるま湯だった。自分に鞭を入れていなかった。お客様に甘えていた。メーカーとして、もっとやるべきことがあった」とも。パソコン黎明期はパソコンマニアの比率が高かった。パソコンのことをよく理解している人を相手にしていればよかった。自分なりにカスタマイズできるとか、分かる人にはわかる、そいういうスタイルだ。それが「ぬるま湯」ということなのだろう。細野会長は「売り上げや利益がそれなりに出ていた頃はよかった。しかし、広く一般の人たちにも垣根なく使えるものは別物。そう思うべきだった」と話す。

「今、スマートフォン(スマホ)のユーザーは、自分の写真がどのように保存されているか、フォルダ構造やファイルフォーマットのことなど気にもかけない。クラウドに預けておけば、いつでも呼び出せるから」。スマホの世界では、こんなユーザーが大半だ。マニアではない普通のユーザーが何を思い何を求めているのか。そこにモノづくりのヒントを見出して新製品を開発し世に問う……。現代のメーカーに期待されている役割のひとつだ。

新生IOデータ機器を象徴するような、二つの製品を見せていただいた。一つは、かんたんビデオ通話サービス「Plat Talk(プラットトーク)」。顧客からの問い合わせ対応などで威力を発揮する。顧客側ではアプリやアカウント登録が一切不要で、動画や写真のやり取りができるソリューションだ。二次元バーコードをスマホにかざすだけでビデオ通話ができる。動画と写真で状況が把握できるため問題解決のスピードが速い。

「自社のサポートでも工数が3分の1、4分の1で済む」という。顧客サポートだけでなく、病院で行う遠隔診療などにも応用可能だ。現在、テストユーザー向けに無償運用中。来年の4月以降の有償化を目指している。利用料は未定だ。10月から試行運用が始まっている110番のものとほぼ同様のシステムだが、中小零細企業や個人事業主でも利用できる柔軟性をもつ。

もう一つは「命名くん」。改正電帳法に対応する「隙間ソフト」だ。電子ファイルで送られてくる請求書や領収書などのファイル名を効率的に変更し整理できる。会計ソフトなどは何を使っていてもいい。求められる必要事項を網羅しつつファイル名を変更する。例えば取引先からメールで送られてきたPDFの請求書。従来は、ファイルを開き、内容を確認し、ファイルを閉じ、ファイル名を変更し、必要なフォルダに保存、という作業が必要だった。単純作業だが、一つのファイルにつき1分から3分かかる。

命名くんを使えば、ファイルを一旦ひとつのフォルダに保存すると、あとは、内容確認と名称変更、必要なフォルダに保存という流をがほぼ瞬時に行える。日付、書類種別、支払先、金額を統一的にファイル名として取り込み自動的にリネームされる。あとは確認するだけだ。OCRを使っていないのも特徴だ。「最初はOCRで文字を取り込もうとしていた。しかし、PDFの中にある透明テキストを読み取って、ファイル名にできることに気が付いた。もしOCRにこだわっていたら、リリースはかなり先になっていただろう」という。

いずれも、かゆいところに手が届くようなソリューション。普通の人に対して、モノづくりが大いに貢献する好例だ。細野会長が語る「広く一般の人たちに垣根なくなく使えるもの」に一歩近づく製品といえるだろう。さらに先のアイ・オー・データ機器について細野会長は「インフラ事業にも隙間がある。特に電話まわりはだれもやっていない。すきまだらけだ」と話す。また「例えば販売の仕方など、当社の弱みはある。本来強くしなければならない分野だが、どこかと連携して解決する、という選択肢もある」と語る。

「経営はだいぶ難しくなってきたが、モノづくりには定年はない。この歳になっても思いつくのが枯れていく感じがしない」と語る細野会長は、今年で78歳。「今は、日本の潜在能力があまり有効に使われていないと思っている。あと5年から10年で日本は、世界で生きていく何かを新たに生み出さなければまずい」と話す。モノづくりの原点に立ち返ったIOデータ機器が、次にどんな「新しい何か」を生み出していくのか。大いに注目だ。