『バルド、偽りの記録と一握りの真実』(11月18日公開)
ロサンゼルスを拠点に活躍する著名なジャーナリストで、ドキュメンタリー映画製作者のシルベリオ・ガマ(ダニエル・ヒメネス・カチョ)は、国際的な賞の受賞が決まり、一時母国メキシコへ帰ることになる。その旅の過程で、シルベリオは、自らの内面や家族との関係、過去の問題と向き合うことになる。
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督にとっては、『アモーレス・ペロス』(00)以来、20数年ぶりに故郷メキシコで撮影した作品で、自伝的な要素を盛り込み、故郷への愛憎を絡めながら、一人の男の心の旅路を描いている。
共同脚本はニコラス・ヒアコボーネ。撮影監督のダリウス・コンジが、35ミリフィルムでメキシコの風景とシルベリオの心の風景を美しく捉えた。
今回は、事前に記者会見を取材し、この映画に対する監督自身の思いや意図を聞き、上映前の舞台挨拶でも、ルイス・ブニュエルの言葉を引用しながら、「映画は夢である。論理のスイッチをオフにして見てほしい」と聞いていたので、まあ、ある程度の予想はできたのだが、実際は予想を遥かに超えていた。
何しろ、夢(幻想)と現実が入り混じったイニャリトゥ監督自身の心象風景を延々と見せられるのである。しかもストーリーも無きに等しいのだから、我慢比べの2時間40分という感じもした。正直なところ、自分も睡魔に襲われる瞬間が何度かあったし、隣の席からはいびきが聞こえてきた。
では、全く取るに足らない映画だったのかといえば、決してそうではないのだから困ってしまう。前半は困惑が先行したが、慣れてくるに従って、良くも悪くも、とんでもない映画を見ているという気分になり、魅力的なショットにも助けられて、好奇心を刺激された。
これは、イニャリトゥ流の、フェデリコ・フェリーニの『81/2』(63)であり、ボブ・フォッシーの『オール・ザット・ジャズ』(79)であり、黒澤明の『夢』(90)であり、ブニュエルや晩年の大林宣彦の諸作とも通じるものがあると感じた。
『燃えよドラゴン』(73)のブルース・リーのセリフじゃないが、まさに「Don't think! Feel=考えるな!感じろ!」という映画だったのだ。こういう映画を作らせてしまうNetflix(12月16日から独占配信)は、ある意味すごいというべきか。
監督の分身であるヒメネス・カチョが難役を見事にこなしていた(『オール・ザット・ジャズ』でフォッシーの分身を演じたロイ・シャイダーとも重なる)。
さて、この遺言のような映画を撮った後、イニャリトゥ監督はどこに向かうのだろうと思った。
『ザ・メニュー』(11月18日公開)
有名シェフのジュリアン・スローヴィク(レイフ・ファインズ)が極上の料理をふるまい、なかなか予約が取れないことで知られる孤島のレストラン・ホーソン。
そこに、料理マニアのタイラー(ニコラス・ホルト)とその恋人の代理のマーゴ(アニャ・テイラー・ジョイ)、料理評論家(ジャネット・マクティア)とお付きの編集者(ポール・アデルスタイン)、俳優(ジョン・レグイザモ)とアシスタント(エイミー・カレロ)、裕福な夫婦(リード・バーニー、ジュディス・ライト)、そしてレストランのオーナーの仲間であるIT長者(ロブ・ヤン、マーク・セント・シア、アルトゥーロ・カストロ)がやって来た。
レストランのメニューには、それぞれ想定外のサプライズが添えられていたが、マーゴは何ともいえない違和感を覚える。そして、彼女の発言をきっかけにレストラン内は不穏な空気に包まれ、メニューの裏に隠された秘密や、ミステリアスなスローヴィクの正体が徐々に明らかになっていく。
マーク・マイロッドが監督し、アダム・マッケイがプロデューサーを務めたこの映画は、上流意識が持つ嫌らしさを告発した、皮肉の効いたブラックコメディー。見ていて何とも嫌な気分にさせられるのだが、なぜか目が離せなくなる。
設定は、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』をほうふつとさせ、その不条理な雰囲気は、テレビの「ヒッチコック劇場」に出てきそうな話だと思ったら、マッケイは、ヒッチコックの『ハリーの災難』(55)を“心の名画”だと評しているし、マイロッドは、不穏な群像劇であるロバート・アルトマンの『ゴスフォード・パーク』(01)を参考にしたと語っていた。そうした2人の好みが、この映画の面白さに反映されているといってもいいだろう。
ファインズはじめ、多彩な俳優たちによるアンサンブルも見もの。特に唯一の“部外者”でスローヴィクと対峙(たいじ)するマーゴを演じたテイラー・ジョイがいい。最近の彼女は、『ラストナイト・イン・ソーホー』(21)『アムステルダム』(22)、そしてこの映画と、進境著しいものがある。
(田中雄二)