ギャンブル好きで酒癖が悪く、けんかっ早いが、その裏に優しさを秘めた型破りな探偵・連城新次郎。古くからのやくざと中国系の新興マフィアが対立する街を舞台に、その活躍を描いた痛快ハードボイルド・エンターテインメント『終末の探偵』が12月16日から公開される。主人公・連城新次郎を演じるのは、映画からテレビドラマまで、唯一無二の存在感で幅広く活躍する令和の名優・北村有起哉。初めての探偵役に、どう向き合ったのか。その舞台裏を聞いた。
-北村さん演じる探偵・新城連次郎のキャラクターがとても魅力的でした。まずは、最初にオファーを受けた際の感想を聞かせてください。
探偵役は初めてだったので、うれしかったです。ただ、「探偵もの」は世界中どこにも、いつの時代にもあります。日本にも、昭和の頃から皆さんの印象に残る探偵が数多くいます。そう考えると、探偵は“時代を映す鏡”みたいなものじゃないのかなと。だとすれば、今、昭和の探偵と同じことをやっても多分、受け入れられない。では、この令和の時代に探偵で何ができるだろうか。そんなことを考えました。
-新次郎のキャラクターについては、どんなふうに捉えましたか。
台本を読んでみたら、かなり社会性がある作品という印象。でも、そこに意識を乗せ過ぎると、ちょっとトゥーマッチになる。とはいえ、新次郎はいろんなことにちゃんと意識を張って、新聞も読んでいる男。社会から分断され、落ちこぼれているように見えるけど、日々憂鬱(ゆううつ)になるようなこともいろいろと感じている。ということは、今の日本や世界とつながっているからなんだろうなと。完全に諦めていたら、関心もなく、なにも言わないはずですから。だから、令和を生きるみんなと共感できるような立ち位置で、それがたまたま探偵だった、という順番で考えていきました。
-新次郎には大人のカッコ良さもありますね。
井川(広太郎)監督は、新次郎に「男っぽさ」とか「ハードボイルド」というイメージを持っていたようですけど、それは他人が判断するものであって、自分がなろうと思ってなれるものじゃないんですよね。ただ、そこにはきちんと理由がある。それは、こういう時代だからこそ「優しさ」じゃないのかなと。だから、そこを大切にすることで、結果的に監督のイメージする新次郎につながっていけば…と考えました。
-その点、新次郎には、若い女性ガルシア・ミチコ(武イリヤ)から、「行方不明になった親友のクルド人女性を探してほしい」と依頼され、一度は断りながらも結局、引き受けるなど、困った人を放っておけない優しさがありますね。
普段からそういう意識があるから、思わず手を差し伸べてしまうんでしょうね。その点、鮮やかに事件を解決していく名探偵からは程遠い。ただその分、最後に事件が解決したときは、役としてだけでなく、僕自身も心から「よかった」と思うことができました。
-北村さんはこれまで、役者としてキャリアを築く中で、劇団などに所属せず、独自の道を歩んできたそうですが、そういう点は、一人で生き抜く新次郎にも重なる気がします。
「一匹おおかみ」というと、ちょっと響きがよ過ぎるかもしれませんが、僕自身も割とさまよってきた感じはあります。自分に合う劇団を探していろんな芝居を見ながら、いろんなプロデュース公演に一期一会のつもりで参加してきました。大きな事務所に所属したこともありませんし…。大きな組織に所属するより、やりたいことを自分で見つけていく方が性に合っているんでしょう。自分のペースで歩めば、寄り道をしたり、立ち止まったりできますから。ただ逆に、そういう「伸び伸びと、悠々自適に」というところは紙一重で、一般の社会ではどう捉われているかは別です。でもそのフットワークの軽さの点では蓮次郎に重なる部分もあるのかなと。
-劇中には激しいアクションシーンもありましたが、いかがでしたか。
僕は普段から鍛えているわけではないので、体にむち打ってやりました(笑)。ただ今回は、アクションシーンになった途端、水を得た魚のようにかっこよく動き回るのも違うと思ったので、それでよかったのかなと。
-というと?
実は今回、台本の決定稿が上がる前に「泥くさいアクション」ということが決まっていたんです。けんかに強いわけではないけど、決して諦めない。相手のパンチをシュッとかわして、カウンターでパーンと倒すのではなく、急所を狙ったりして、相手が最も嫌がるやり方をする厄介なやつ。そういうイメージのアクションを、アクション監督の園村(健介)さんが作ってくれていたので、すごくいいガイドになりました。
-確かに、新次郎の必死さが伝わるアクションでした。ところで、先ほど「社会性がある作品」とおっしゃっていたように、本作では外国人労働者の問題なども扱っています。エンターテインメントと社会性の両立についてはどう考えていますか。
何も知らずにやって、「そんなことがあったんだ」と作品を通して知る方法もありますが、やっぱり最低限知っておいた方がいいものはあります。例えば、以前、トランスジェンダーの役をやらせてもらったことがありますが、昭和の時代だったら、もっとオーバーに「やだー!」とかやっていたのかもしれません。でも、今の時代にそんなことをやるわけにはいかない。そのときも、「台本通りにやると、誤解されるのでは…?」と感じたことについては、僕の方から芝居を提案させてもらった部分もあります。だから、ジェンダーの問題も含め、世界がどう動いているのかをきちんと知っておくことは大切じゃないのかなと。
-なるほど。
しかも、表面的な部分だけではなく、描かれていない心情みたいなものを提示するのも、僕に求められている役割だと思っています。「そこまで掘り下げてくれるんだ」と思わせてこそ、次の仕事につながるんじゃないのかなと。そういうことを考えるには、自分なりにアンテナを張っておくことが必要。だから、ただ単に「せりふを覚えて、芝居をして…」というわけにはいきませんよね。
-北村さんが活躍している理由の一端が分かった気がします。
僕自身、勉強不足な部分はまだまだたくさんあります。でも、なるべく世の中とつながっているようにしたい。「なぜ今、この時代に探偵を?」と聞かれたとき、「僕なりにこういう考えで取り組ませてもらいました」と、きちんと答えられるようにしておきたいですから。ハリウッドを見ていると、子役ですら自分の考えや作品のテーマをはっきり語っていて、すごいですよね。その辺をオブラートに包みがちな日本とは国民性の違いがあるにしても、やっぱり普段の心構えが大切なんじゃないかなと。僕ももういい年ですし、そのぐらいのことはきちんとできるようにしたいです。
(取材・文・写真/井上健一)