ユーザーから投稿された「キニナル」情報を検証すべくはまれぽが体を張って調査!

今回のテーマは…

<横浜のココがキニナル!>
ラーメン博物館が新横浜にある理由と、年間パスポートを継続して利用している人の数がキニナル! 店舗の様子も含めてレポートをお願いします!(スさん、ベラさん、駅馬車さん)
 

ラーメンとWeb。このインターネット創世記から億千万回とコスられたであろう、相性抜群のネタ。

でも、そういえば「はまれぽ」で、じっくりと新横浜ラーメン博物館(以下=ラー博)のことをレポートしてないじゃない。 それなら今回、ラー博について色々聞いてみよう!

そもそも「どうして新横浜なの?」から、気になる「年間パスの謎」、館内の様子や店舗紹介まで、ずるずる~っと網羅しよう、そうしよう。

オープン前から行列
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可愛い受付のお姉さん
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オープン直後、入場料300円を払って入館する筆者。すでに100人以上が入館している。 こんなににぎわってるんだ…。

館内は1階にミュージアムショップが、地下1階と地下2階にラーメン店がテナントとして入る。

ちょっと、開館直後なのにテンション高くないか? でも、これ、ホンの序の口。最初に言っておきます。ラー博、只者じゃなかったです。

 
 
昭和だ!
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ショップを冷やかした後、ラーメン店のひしめく階下へと向かう筆者。
怪しげな階段を降りると…レトロな街並が出現!

 

瀧上さんと筆者
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ここでアポイントいただいた広報の方とお会いする…。
営業戦略事業部 広報・宣伝主任の瀧上正樹さん。ま・さ・か、のマスクマン!

ヤだ、スゴい! 誠治(筆者)、こんなの初めて!
「細野、お前、仕込んだろっ!」とお叱りの声が聞こえてきそうですが、ガチです、これ。 ラー博、どうなってるの???

 

気を取り直して聞いてみる

「この街並は、東京タワー完成や皇太子様ご婚約発表、長嶋茂雄のデビューやチキンラーメンが売り出された1958(昭和33)年をモチーフにして造られています」

日本がすごく元気だったころ、「三丁目の夕日」そのままの世界感だ。

「訪れたお客様からよく『懐かしい』と言っていただけています。このころの時代を知らないはずのお子さんにまで。郷愁を誘うというか、多分、日本人の原風景のひとつなんでしょうね」(良かった、真面目な人だ)。
 

この世界を造るにあたり、当時の写真資料を大量に集め、映画会社のスタッフたちの技術を集結させたそうだ。

取材の最中も、次々にお客さんが増えてきている。新横浜のこの辺りの界わいといえば普段は、ちょっと人が少ない印象があったけど。

瀧上さんに、なぜ新横浜なのかと伺ったところ
「実は館長の岩岡の地元が、ここ新横浜なんです。地元を元気にしよう! 新横浜を盛り上げるんだ! という気持ちがあったからこそ、なんです」だそう。

新幹線の停車駅だから、じゃないんですね。それに「はまれぽ」と同じ志じゃないですかっ!

 

「最初はラーメンで、ということでもなかったんです。(盛り上げるため)音楽にしようか、とか紆余曲折があって、食のテーマパークがいいんじゃないか、と。それがラーメンになって、札幌のラーメン横丁みたいなものが面白いんじゃないかと」

当地の開館は1994(平成6)年。そこから更に遡ること数年。
岩岡氏を含む5人は日本中のラーメン店を食べ歩く。3年で1000軒以上を走破し、博物館への参加店舗を選定してゆく。

当時はインターネットもまだ普及しておらず、ラーメンブームも起こっていなかった時代。
「(テナント)入店交渉は難航しましたね?。絶対、詐欺か何かだろうと」。

なかなか信じてもらえず、厨房や店構えを先に造り、実際にこの場へ足を運んでもらってお願いをしたそうだ(すごい信念だ)。

選定の基準は、まず本当に美味しいと思えるもの。地域や味に偏りが起こらないこと。そして理想は、その地の本店とラー博でしか食べられない店であること、の3点。代表的な味と、有名な各ご当地ラーメンは必ず入ってるのだ。

「実は開館前から今に至るまで、20年以上口説いているお店もあるんです」と瀧上氏。 

こだわりが今を作ってるんだな…。

ちなみに開館から現在まで、実に41店舗ものラーメン店が入居を果たしている。