(C)2023「怪物」製作委員会

『怪物』(6月2日公開)

 舞台は大きな湖のある郊外の町。主な登場人物は、息子を愛するシングルマザーの麦野早織(安藤サクラ)、生徒思いの小学校教師・保利(永山瑛太)、そして少年たち(黒川想矢、柊木陽太)…。

 それは、子ども同士のけんかやいじめに見えた。しかし、彼らと周囲の人々の食い違う主張は次第に社会やメディアを巻き込み、大ごとになっていく。そしてある嵐の朝、子どもたちはこつぜんと姿を消す。

 監督・是枝裕和、脚本・坂元裕二、音楽・坂本龍一。田中裕子、高畑充希、角田晃広、中村獅童など多彩なキャストが助演する。

 この映画は、大別すると、同じ事象を、母親の早織、担任教師の保利、息子の湊という、三者の異なる視点、それぞれの言い分や考えから描くという、黒澤明の『羅生門』(50)を思わせるような映画的な手法を駆使している。映画を見ながら、登場人物に対する気持ちがどんどんと変化していき、物事は一面的に見てはいけないのだと思わされる。

 つまり、一体何が起こっているのか、果たして真相はという一種の謎解きミステリー仕立てで引っ張りながら、本当の“怪物”とは何なのか、誰なのかというテーマを浮かび上がらせていくのだが、最後は明確な結論を出さずに観客に判断を委ねているので、見終わった後に、何かもやもやした感覚が残るのは否めない。

 『万引き家族』(18)について、「是枝裕和の映画は、劇映画とドキュメンタリーのはざまで家族というテーマを淡々と描きながら、同時にちょっと鼻に付くような作為的なものも感じさせる。そして最後は明確な結論を出さずに観客に判断を委ねるという手法には、それを問題提起や、余韻とする見方もできようが、ある意味、ずるさを感じるところがある。それは、カンヌの常連であるダルデンヌ兄弟の諸作にも通じる点であり、だからこそ是枝映画はカンヌで受けがいいのかとも思う」と書いた。

 坂元の脚本を得たこの映画からも同様のものを感じた。これは良くも悪くも是枝映画には一貫性があるということなのだろう。

 なじみのある諏訪湖周辺でロケをしたということで、どのように撮ったのかという興味があったのだが、まるで別の町のように見え、つくづく“映画のマジック”を感じさせられた。そして坂本龍一の音楽が美しい。

『渇水』(6月2日公開)

 前橋市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は、水道料金を滞納している家庭や店舗を回り、料金の徴収および水道を停止する「停水執行」を担当している。

 日照り続きのある夏、市内に給水制限が発令される中、妻子との別居生活が続き、心の渇きを感じる岩切。そんな中、仕事中に育児放棄された幼い姉妹と出会った彼は、その姉妹に救いの手を差し伸べようとするが…。

 河林満の同名小説を原作に、心の渇きにもがく水道局職員の男が幼い姉妹との交流を通して生きる希望を取り戻していく姿を描く。白石和彌監督が初プロデュースし、岩井俊二監督作や宮藤官九郎監督作で助監督を務めてきた高橋正弥が監督デビューを飾った。

 見どころは、平凡で覇気のない岩切を演じる生田の意外性を感じさせる名演と、岩切を中心に、職場の後輩・木田(磯村勇斗好演)、幼い姉妹(山崎七海、柚穂)、妻(尾野真千子)、そして水道を停められる人々の点描を絡めた人間模様の妙。その中に、水不足、貧困、格差、ネグレクトといった問題を描き込んでいる。

 中山晋平作曲の童謡「シャボン玉」(作詞・野口雨情)と「あめふり」(作詞・北原白秋)の挿入、「太陽も空気もただなのに、何で水は…」というせりふも印象的だが、いろいろな意味で“水”にこだわった映画。近々公開の前田哲監督の『水は海に向かって流れる』と対で見ても面白いかもしれない。 

 後半の展開は原作とは大きく違うという。ラストに訪れる“小さな奇跡”も含めて、高橋監督は“希望”を描きたかったのだろう。「レインメーカー(雨を降らせる人)」という言葉を思い出した。久しぶりに“小品佳作”を見た思いがした。

(田中雄二)

関連記事