18世紀末、大飢饉(ききん)に襲われた東北の寒村。先代の罪を負った家の娘・凛は、人々からさげすまれながらもたくましく生きていた。だがある日、父親が起こした事件の罪をかぶり、村を去ることに。行き場を失い、禁じられていた山奥の森に足を踏み入れたことで、凛の運命は大きく動き出す…。6月30日公開の『山女』は、柳田國男の名著『遠野物語』に着想を得て、閉鎖的な村社会で生きる女性・凛の生きざまを通して、今の時代にも通じる「人間らしさ」を問う物語だ。主人公・凛役で強い印象を残すのが、『樹海村』(21)、『ひらいて』(21)、「17才の帝国」(22)などで存在感を発揮してきた山田杏奈。撮影の舞台裏や凛役に込めた思いを語ってくれた。
-凛の強くたくましい生きざまが鮮烈な印象を残す作品でした。オファーを受けたときに山田さんが感じた作品の魅力は?
今も昔も変わらない村社会での人々の生きざまが、生々しく描かれているのが面白いと思いました。もともと村社会の話は好きだったんです。宗教的なことを絡めつつ、閉鎖的な環境で、人間の愚かさみたいなものを描いた作品に引かれるので。漫画では『ガンニバル』みたいな作品も好きです。多分、私にとって非現実だからなのだと思います。
-凛の生きざまについてはどう思いますか。
凛は、冷害による食糧難の中、自分がやったわけでもない先祖の罪を背負わされ、同じ村の人たちからもさげすまれながら生きています。そんな過酷な環境でも強く見えるのは、彼女自身の生命力や打たれ強さのたまものだと思います。根本的な意味で諦めないというか、生きることをやめようとしない人なんですよね。でなければ、あの中で生きていくのはかなり大変。ただその分、映画の真ん中にいるのにふさわしいキャラクターとして演じるにはどうしたらいいのか、ものすごく考えました。
-役作りはどのように?
本当は山の中で暮らせば一番いいんですけど、さすがにそれは無理なので、髪をバサバサにしたり、リップを塗るのを控えたり、細かいことから近づけていきました。山の中で撮影しているうちに、爪が汚れていったりするのも、凛に少しずつ近づけている気がしてうれしかったです。そういう意味では、撮影で1カ月間、山形に滞在していたことも大きかったかもしれません。
-方言はいかがでしたか。
方言を覚えるのは大変だったのですが、普段、東京で暮らしている私が、いきなり山形に行ってお芝居しなければならなかったので、気持ちを切り替える上ではすごく助けられました。せりふが標準語のままだったら、あんなにスムーズに切り替えられなかったと思います。
-アニャ・テイラー=ジョイ主演の『ウィッチ』(15)の世界観も参考にしたそうですね。
アニャ・テイラー=ジョイさんが大好きで、彼女が主演している『クイーンズ・ギャンビット』(20)の後にたまたま見たのが、『ウィッチ』だったんです。そうしたら、虐げられながら生きる主人公が凛に似ていて。にもかかわらず、すごく魅力的だったんです。だから、真ん中にいる女性が、打たれ弱いだけだと見るに耐えないものになると感じて、「こういう女性であってほしい」という私の願望も込みで、お芝居の参考にさせていただきました。凛について「強さがありますね」と言っていただけることが多いのは、それがうまくいったおかげかもしれません。
-山田さんは凛について「私が凛に感じたのは、諦めの精神みたいなものです。最初からどん底にいるから、そもそも間に期待をしていない。その感覚は現代の若い世代にもつながる気がします」と語っていますね。その言葉に込めた思いを聞かせてください。
最近、「“さとり世代(堅実で高望みをしない現代の若者を指す言葉)”ですね」と言われて、「そういうことなのか」と納得したんです。以前、仕事関係の50代の方から「野望は?」と聞かれたことがあるんですけど、「ハリウッド映画に出たい!」みたいな野心とか、アメリカンドリーム的なものを持ったことがないんです。だから、そういう世代なのかもしれないなと。言い換えれば、現実的な考えの人が多い世代なのかもしれません。ただ、大きな夢を持つのはすてきなことですけど、持ってなくちゃいけないのかなとも思うんです。私はこの仕事が楽しいので、楽しく仕事をして、生活できている今が十分幸せです。ホンが面白い作品と、すてきな方たちが一緒の現場に参加させてもらえたら、それだけで割と満足なんです。
-さらに、「何かを諦めているからこその強さもあると思うんです」とも語っていますね。
それは「今より下に落ちることはないから」みたいな感じですね。多分、安定志向なんだと思います。凛の場合はそれがすごく極端で、「これ以上悪いことはないから、どうでもいい」という気持ちが強さの裏にあるのかなと。そういう意味では、凛は同じ環境にい過ぎて、そこから逃げるという選択肢がなくなってしまった感じがすごくするんです。今なら、そういう人たちにもシェルターのような避難場所がありますよね。凛もそういう立場の人だったんじゃないでしょうか。
-そういう意味では、同世代の方にこの映画を見てもらいたいという思いはありますか。
私たちの世代が見たらどう思うんでしょうね…。気になります。ご覧になった方の感想をぜひ聞いてみたいです。
-ところで、福永壮志監督が、山田さんを凛役に起用した理由の一つとして「どこか野的で、山でも生きていけそうだから」と語っていますが、ご自身ではどう思いますか。
山でも生きていける人でありたいですし、精神的にも耐えられると思います。ただ、火を起こしたりするサバイバルテクニックがないので、実際は無理な気がします(笑)。
(取材・文・写真/井上健一)