撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

新国立劇場の開場25周年シーズンの最後を飾るオペラは、芸術監督・大野和士指揮のプッチーニ《ラ・ボエーム》。開幕初日を観た。隙のないハイレベルの上演。ようやく復活し始めた威勢のいい「ブラヴォー!」も飛び交い、客席は沸いた[6月28日(水)新国立劇場オペラパレス]。

粟國淳演出の舞台は2003年に制作された定評あるプロダクション。今回で7度目の上演。オーソドックスな正攻法で、作品の魅力をストレートに伝えてくれる。幕開け。紗幕に映したパリの街並みの遠景からロドルフォたちの屋根裏部屋にズームインする視線の移動が上手い。第2幕のカルティエ・ラタンは、背景の建物がするすると動いて風景が鮮やかに変わる。すべて人力だそう。お見事!

高名なスター歌手よりも実力派の若手を揃えたキャスト。声も容姿も粒揃いで、奏功していた。貧しいお針子ミミが、あまりに成熟した声で聖母のようにすべてを包み込んでしまったり、売れない詩人ロドルフォがヒロイックすぎるテノールだったりすると、音楽的には爽快でも、ドラマ的には違和感がある。その点、初来日のアレッサンドラ・マリアネッリのミミは可憐でフレッシュ。まっすぐな声が運命に立ち向かう意思の強さも感じさせる。METなどで活躍するスティーヴン・コステロも甘く軽やかなテノールで、ロドルフォの“若さ”をリアルに表現していた。〈冷たい手を〉のハイCはたっぷりフェルマータで!

もう一方のカップルのヴァレンティーナ・マストランジェロ(ムゼッタ)と須藤慎吾(マルチェッロ)、さらに親友の駒田敏章(ショナール)、フランチェスコ・レオーネ(コッリーネ)もすこぶる好演。共に青春を送るリアルなチーム感さえ通う。親密なアンサンブルが楽しく、高水準だ。

大野の音楽ドライブは絶妙。気持ちよく歌わせすぎてもたれることも、流れに重きを置くあまりに性急になることもなく、歌手陣と東京フィルハーモニーをリードした。終幕のミミの臨終シーン。力なくつぶやくミミの背後で、オーケストラが二人の出会いの〈冷たい手を〉を回顧する。徐々に楽器が減っていき、最後に残ったソロ・ヴァイオリンが途絶えると、ミミが眠るようにこと切れる。客席の全員が知っている結末なのに、あちこちからすすり泣きが聞こえる。音楽の力。オペラを観る醍醐味だ。

《ラ・ボエーム》はこのあと7月8日(土)まで残り4公演。なお上演の模様はインターネット配信でも視聴可能(新国立劇場のオペラ公演では初の生ライヴも)。詳細は劇場サイトへ。

文:宮本明