『ジャングル・ブック』の物語はアニメーション映画などでご存じの方も多いはず。この舞台はその原作となる児童小説の作者であり、ノーベル文学賞を受賞したイギリス人作家、ラドヤード・キプリングの一編の詩『My Boy Jack』から創作された家族の物語だ。第一次世界大戦を背景に、国家のためと固い信念のもとに息子を戦地に送り出した父ラドヤード、まだ幼い息子を危険な目にあわせたくない母キャリー、父親の期待を背負って軍人となる息子ジャック、そして弟ジャックの決断に心を痛める姉エルシー。演出の上村聡史は、家族愛のもとに引き出される衝突、怒り、悲しみ、悔恨といった激情を緻密にすくい上げ、深い余韻をもたらす上質の会話劇に仕立て上げた。
父の力によって入隊を果たし、戦線へと送られるジャック。不安に苛まれながら彼の帰還を待つキャリーとエルシー、そしてラドヤードは、突撃命令が下った後のジャックの消息を追い求めていく。何より感銘を受けたのは、劇世界への集中を途切らせない俳優陣の確かな表現力だ。ラドヤード役の眞島秀和は、紳士的でソフトな物腰に作家らしき品性が漂い、自己中心的で横暴な振る舞いにも、時代に操られた虚しさが滲む。ジャックやエルシーとなにげない会話を交わすシーンは微笑ましさと物悲しさが交錯し、不器用な愛情があたたかくも切ない。倉科カナは、持ち前の瑞々しいイメージから“息子を戦地に送る母親”役は課題が大きいかと思いきや、ドレス姿のたおやかさ、艶のある低音の声が非常に魅力的で、仕草の端々から母の無償の愛と嘆きが立ちのぼる。二幕、夫へ向けて抑え続けた感情がほとばしるシーンでの、キャリーの悲壮な叫びに心震わされた。前田旺志郎は、家族思いの心優しい息子と、過酷な戦場で必死に指揮をとる上官、それぞれのジャックをひたむきに体現。少年のあどけなさが印象に残るがゆえに、キプリング家の人々に共鳴し、彼の消息を胸を締め付けられる思いで追ってしまう。エルシー役の夏子は、その立ち姿の美しさと明瞭かつ涼やかな声が、深い悲しみの展開において救いの光になっていた。父親を問い詰める真っ直ぐな正義感、家族を勇気づける朗らかな振る舞いが健気で愛おしい。
家族4人の見事なコンビネーションのみならず、佐川和正、土屋佑壱、小林大介の巧者三人の表現にも感嘆。それぞれが兵士ほか二役を担い、卓越した技量でドラマを盛り立てる。特に二幕、兵士役の佐川がジャックの消息を語るシーンでは、その圧巻の演技を客席中が息を詰めて見守っていた。
ジャックがこぼした「本当の自分になりたい」の一言が胸に重く響く。時代や国、著名作家の逸話といった枠を取っ払い、シンプルに湧き上がるのは戦争という理不尽への怒りと、家族を思う気持ちの尊さだ。さまざまな思考を促す佳品、その豊かな余韻をぜひ多くの人に体感してもらいたい。同時に、その素晴らしさを届けてくれる表現者たちの“生の力”に圧倒されてほしい。
文:上野紀子