故・蜷川幸雄から「彩の国シェイクスピア・シリーズ」のバトンを引き継ぎ、観客を魅了してきた吉田鋼太郎が、新たなシリーズを始動。記念すべき一作目に吉田が選んだのは、「ハムレット」だ。吉田と、主人公のハムレットを演じる柿澤勇人にシェークスピア作品への思いや公演への意気込みを聞いた。
-「彩の国シェイクスピア・シリーズ」の2ndシーズンをスタートすることへの思いを聞かせてください。
吉田 元々は蜷川幸雄さんがシェークスピア37本全作上演を目標にスタートしたシリーズですが、結局、蜷川さんは5本を残して亡くなられてしまいました。その残りを上演するときにお声をかけていただいて、とにかく蜷川さんの遺志を受け継ごうと。蜷川さんとは本当に長いお付き合いをさせていただいたので、蜷川さんの演出方法や役者に対する接し方、そして蜷川さんの魂は分かっていたつもりだったので、それを引き継いで、最後までしっかり走り抜こうと思ってスタートしたのですが、今回はシリーズの第2弾で新シリーズになります。要するにまた1からスタートとなります。改めて考えると今の方が重圧を感じています。蜷川さんが、彩の国さいたま芸術劇場をお客さまを集めることのできる劇場に育て上げてきました。それが途中で失速してしまったらどうしようという気持ちが強いです。とにかく心を込めて良いものを作らなければいけないなと責任重大な思いと強い決意があります。
-2ndシリーズ1作目に「ハムレット」を選んだ理由は? もちろん「ハムレット」は最高傑作ともいわれる作品だと思いますが。
吉田 僕も最高傑作だと思います。僕はこれまでにもさまざまな役で「ハムレット」に出演しているので、どういう作品なのか知っているつもりでもいます。どういう戯曲なのかをずっと考え続けてもいます。それくらい自分の中では大事な作品で、よく分かっているつもりの作品なので、あまり迷いなく、ブレることなく皆さんと一緒に作っていけるのではないかと思い、1作目を「ハムレット」とさせていただきました。しかも、人気戯曲ですので、皆さんの注目もおそらく集まるのではないかなと。そういう思いがありました。
-吉田さんが柿澤さんにハムレットを演じてもらいたいとお声をかけたと聞いています。柿澤さんはハムレット役に決まり、どんな思いがありましたか。
柿澤 おそらく僕の役者人生の中で1番、せりふが多い作品になると思います(笑)。ハムレットは、僕の年代の役者にとっては1番の目標でもあり、夢なので、鋼太郎さんから直々にお声をかけていただけて「やれるんじゃないの?」と言ってもらったときはとてもうれしかったですし、「ついていきます! やります!!」という感じでした。ただ、いざ台本を目の前にしたらやっぱり震えますね(笑)。毎日毎日、台本と向き合っていますが、これは大変だなと。今は、ハムレットができるという喜びよりも、とにかく一生懸命やるしかないという思いでいっぱいです。
-吉田さんは、柿澤さんのどんなところに魅力を感じてオファーしたのですか。
吉田 イギリスには「ハムレット役者」という言葉があるくらい、選ばれた特別な俳優しかできない役がハムレットだと僕は思います。元々の戯曲をカットせずに上演すると、おそらく4時間半から5時間かかるくらい長いんですよ。その時間、ほぼ出ずっぱりで話し続けなければならない。なので、アスリートのような体力が必要なんですよ。基本的な発声法、ブレスの取り方もできないといけない。それから持続力と瞬発力も必要です。そういう意味でも、柿澤くんは劇団四季というすさまじいところで鍛えられているし、ミュージカルで鍛えられている。歌って踊って芝居もしているわけですから、体力はお墨付きだと思います。それから、僕はそう思いませんが、ハムレットには悩める青年、影のある青年というイメージが一般的にはあります。それが、柿澤くんが持っている影にマッチしている。しかも、彼は、その影を明るさに転換する力を持っている。そして、相手とのコミュニケーションの中で世界を作っていける俳優でもある。(芝居の中で)いいかっこうをするとか自分だけで話すということがないんですよ。あとはこの見た目です。非常に女性に人気があって、品がある。そう考えるとハムレットに必要なもの全てがあるんですよ。きっとハムレットを演じたら面白いものになると思うし、彼は「ハムレット役者」になれるんじゃないかなと思います。
-柿澤さんから見た吉田さんの魅力は?
柿澤 僕が鋼太郎さんと初めてお仕事したのは、「デスノート THE MUSICAL」でした。そのときから、鋼太郎さんの背中追い続けて、ずっと食らいついています。楽屋にお邪魔させてもらって、芝居について教えていただいたり、役者としての悩みを聞いてもらったり、今後、僕はどうやって生きていけばいいのかというお話までさせていただいたり。そうした時間を過ごさせていただいて、鋼太郎さんが本当にたくさんの人に愛されて慕われているというのもすごく感じました。こんなにも年齢が離れている大先輩なのに、すごくフランクに僕の意見も聞いてくれるんですよ。こんな言い方は失礼かもしれませんが、かわいらしいし、チャーミング(笑)。その後も、何作品もご一緒させていただき、稽古場でもいろいろと試させていただいて、いろいろなメソッドも教えていただいて。稽古場はワクワクする要素がいっぱいありました。
-シェークスピア作品は、やはり難しいというイメージが強いと思いますが、「彩の国シェイクスピア・シリーズ」はエンターテインメント性も一つのポイントだと思います。そこで、ぜひお二人からシェークスピアの楽しみ方や観劇のポイントを教えてください。
吉田 半世紀以上前から、シェークスピアは敷居が高いとか、難しいと言われ続けていますよね。少なくとも僕が演劇を始めた1970年代の後半にはすでにそういわれていました。その頃、僕は「シェイクスピア・シアター」という劇団に入り、100人入れば満杯という小劇場で、ジーパンにTシャツ姿でパイプ椅子だけのセットでシェークスピア作品を上演していて、それが大好評だったんですよ。ジーパンにTシャツというのは、現代に生きている人たちにも、身近な物語なんだよというアピールですよね。その影響で、僕は今も分かりやすくなければやる意味はないと思っています。ただ、もう1つ言えるのが、お客さまの中にも、知的興味がないと楽しめないということです。面白くするためにといって改ざんしたり、ぐちゃぐちゃなものにしてしまっては意味がないので、あくまで原型はきっちりとどめつつ楽しませなくてはいけない。でも、それはなかなか難しい。そうすると、僕らにもお客さまにお願いがあって、お客さまたちも知的興味を持って観劇に来ていただきたいのです。それがあるとお互いにWin‐Winなんじゃないかと思います。僕たちも僕たちでこの作品を伝えようとしている。ある意味、これは僕たちとお客さまの勝負のようなところがあるんです。こんなことを言うと、ますます面白くなさそうと思われてしまうと思うので、はたしてこの発言でいいのかなと思いますが(笑)、そうした覚悟を持って見に来ていただくのが大事かなと思います。絶対に面白い作品なのは間違いないです。世界最高峰だといわれている戯曲ですから。ストーリーも登場人物たちの行動も面白いし、キャラクターも豊か。ずっと心に残る、一生の財産になる作品です。
柿澤 僕は、まだまだシェークスピアを語れるほどではないですが…「ハムレット」の戯曲を読んでいると、僕自身も読み方が分からず、意味も分からないという言葉もたくさんあります。使っている言葉は現代語でも日常で使う言葉ではないので、やはり難しいんですよね。ですが、そこで語られていることは、2024年に生きている僕たちにも刺さる物語です。今は、人間関係がどんどん希薄になって、携帯電話だけでもやり取りできる時代ですが、この作品からは人とはなんだとか、愛とはなんだといった普遍的なテーマを感じることができます。そして、普段、僕たちが日常で思っていても表に出せない感情を表に出して演じている俳優たちを見るときっと引き込まれると思うんです。それは、舞台ならでは、シェークスピアならではのエネルギーだとも思うので、それを皆さまに劇場で受け取っていただけるのではないかと思います。
(取材・文・写真/嶋田真己)
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1「ハムレット」は、5月7日~26日に彩の国さいたま芸術劇場 大ホールほか、宮城、愛知、福岡、大阪で上演。