自分の世界観に合わない人を主人公にする賭け

『ミッシング』2024年5月17日(金)全国公開 ワーナー・ブラザース映画 ©2024「missing」Film Partners

――監督は公式コメントで、石原さとみさんを沙織里役に起用した「賭けに勝った」と言われていますが、確かに本作にはほかでは見たことがない、とんでもない石原さんが映っていて、ビックリしました。

俺もいい意味で想定外でした。ここまで彼女のイメージを壊せるとは思っていませんでしたから。

――どんな印象を持たれていたんですか?

石原さんのことは一視聴者としては好きですけど、俺の作る映画には合わないと思っていて。

あまりにも完成され過ぎていて、逆に現実味や生々しさがないなと思っていたんですけど、そんな石原さとみをどうやって壊すのか? 壊すことができるの? が賭けだったんです。

――なぜ、その賭けに挑もうと思ったんですか?

『空白』のときに思っちゃったんです。あの作品では俺がイメージした通りの、芝居が上手い人たちが集まってくれたんですよ。

――古田新太さんとか、松坂桃李さんとかですね。

そうそう。そうすると、結局、俺の演出はほぼゼロなんですよね。誰も間違ったことをしないし、むしろみんな、想像以上のことをしてくるから、現場ではもはや芝居を見せてもらっているレベルになっていたんです。

逆の言い方をするなら、自分のキャパにまだ余裕があったので、今回、主役に自分の世界観に合わないと思っていた人をキャスティングして、その代わり、周りは自分のイメージ通りの人で固めるやり方を試みようと思って。

石原さんが自分のイメージをぶっ壊せれば幸せだし、これまでとは違う石原さんを作り上げられたら俺も自信になるから挑戦してみたんです。

石原さとみは芝居を超越して、完全に壊れた人になっていた

――石原のこれまでのイメージを壊すために具体的にはどんなことをしたんですか?

本人が最初から「自分の壁を壊したい」と言って参加してきているので、俺が無理矢理壊すというより、変わろうとしている彼女を誘導していく感じでした。

でも、それも、彼女が最初から持っていたもの。喋り方や佇まいを細かく演出するというより、俺の言葉で言うなら、餌を置いて、食べにくるのを待つ。それで来たら捕獲する感じ(笑)。

石原さんは野性味溢れる人だったし、そこに食いつく能力があると思いましたから。なので、メイキングを見ても、俺は具体的な方法論はたぶん何も喋ってないはずです。

ただ、感情を上手くコントロールできない彼女に、「もう少し抑えて」「もう少し強く」と言ってるだけ。

撮影がスタートしたころは特に感情が爆発し過ぎちゃってたから、俺が頑張って抑えたけど、石原さんもドラマなどの型にハメる芝居でなら感情を出したり、抑えたりすることはできるんです。

でも、今回のように型を使わないときは、けっこう大変なことになるんですよ(笑)。

――ドラマなどで染みついた型にハマった芝居を取っ払うのも大変そうですね。

そこも本人が“取っ払うぞ”っていう気持ちでいたから俺はそれを捕まえるだけだったんだけど、クランクイン前から脳の使い方も変えていたんでしょうね。

俺が今回オファーして「一緒にやろう」って言ったときは、「やります。絶対やります!」ってすごく嬉しそうにしていたのに、撮影が近づいてきたら、どんどんナーバスになってきて。

主演のドラマを何本もやっている人だから、もっと堂々としているのかなと思っていたんですよ。だけど、衣裳合わせに真っ青の顔で現れたから、意識をたぶん切り替えていたんだと思います。

『ミッシング』2024年5月17日(金)全国公開 ワーナー・ブラザース映画 ©2024「missing」Film Partners

――石原さんの芝居が、監督の予想を超えてきたなと思われた具体的なシーンを教えてください。

沙織里が、警察署の階段を駆け上ってきて台詞を言うまでをワンカットの長回しで撮ったときの彼女はスゴかったですね。

2テイク目のときに、階段下のスタート位置に戻る石原さんに「もうちょっと壊して」とだけ伝えたんです。それで上から「よ~い」と言ったら、下からシーバーで「ちょっと待って」という連絡が来て。

で、ようやく準備ができて、カメラを回したら、階段を上がってきた彼女の芝居のアプローチが1回目と全然違っていたんです。

たぶん、いろいろ考え過ぎちゃって、バグっちゃったんでしょうね。でも、これ以上待たせちゃいけないと思って、「いきます」と言ったんだろうけど、走り出した石原さんは芝居を見失ってるから、完全に壊れた人に見えなかったんです。

――それはすごいエピソードですね。

人って追い詰められるとこうなっちゃうんだと俺もそのとき思ったし、それはお芝居をちょっと超越していました。

ただ、彼女は今回、普段から自分をその状況に追い込むことである種のリアリティを出そうとしていたから、俺は「100パーセント、それでやらない方がいいよ」と忠告しました。

技術も駆使しないと、精神的に本当に壊れちゃうし、演出するこっちも、やる度に芝居がバラバラだと困っちゃいますから。それこそ俺も、今回はドキュメンタリーを撮っている感じでした。

――弟の部屋のドアをバンバン蹴るところなんてマジでヤバい人でしたしね(笑)。

ただ、ドアをバンバン蹴るあのシーンでクランクアップだったから、本人はすごく楽しそうで(笑)。辛い撮影がこれですべて終わるし、もう撮影はないからドアが壊れちゃっても問題はない。

すごい形相でしたけど、石原さん自身は“これで終わりだ~”という気持ちでやっていたような気がします。