21年前に香川県で起きた少女誘拐殺人事件。弁護士の松岡千紗は、この事件の犯人として服役中の平山聡史(北村有起哉)の無実の訴えに基づき、再審請求を担当することになる。実は、千紗自身も同一犯の犯行とみられる未解決の誘拐事件の被害者だった。自分をあやめていたかもしれない平山を弁護することになった千紗は、葛藤しつつも再審に向けて尽力するが…。
7月7日午後10時からWOWOWで放送・配信スタートとなる「連続ドラマW 完全無罪」 (全5話/第1話無料)は、大門剛明の小説を原作にした重厚なミステリーだ。放送を前に、主人公・松岡千紗を演じた広瀬アリスと、千紗に協力する弁護士・熊弘樹役の風間俊介が、初共演となる作品の舞台裏を語ってくれた。
-お二人は役者としては今回が初共演だそうですが、感想はいかがでしたか。
広瀬 風間さんとはテレビのスポーツ中継などで何度かご一緒したことがありますが、今回、初めてお芝居をしてみたら、リズムがすごく心地よかったです。重いシーンが続く中、風間さんとのシーンは、心がふっと軽くなる瞬間だったこともあって。
風間 そう言ってくれると、うれしいな。僕は、テレビのバラエティー番組などで見せる明るい一面だけでなく、それと表裏一体になった重くつらい物語を慈しむ心も広瀬さんの魅力だと思っている。だから、それを実際に垣間見ることができたこの現場は、すごくぜいたくで幸せな時間だった。
-おっしゃる通り、広瀬さん演じる千紗と再審を巡る事件関係者との対峙(たいじ)は、ずっしりとした見応えがあります。
風間 最初に北村さんと対峙するシーンがあり、次に奥田(瑛二/元刑事・有森義男役)さんと向き合い、さらに音尾(琢真/元刑事・今井琢也役)さんがやってきて…。まるで、広瀬さんと名優の皆さんのトーナメント戦だったよね。
広瀬 しかも、そのトーナメント戦がすべてクランクイン直後の1週間に集中していたんです(苦笑)。撮影前半はすごく重いシーンが続き、日々、勝ち抜き戦のような感じでした。
-その中で第1話のクライマックス、千紗が接見室で平山と対峙するシーンはすさまじい迫力で、一気に物語に引き込まれます。
広瀬 千紗がふたをしてきた自分の過去を平山さんに吐き出すあのシーンは、クランクインから3日目、北村さんとも初対面という状況での撮影でした。そのため、言葉にしながら自分でも頭の中で整理するような感覚の中で必死に取り組み、気付いたら周りの音が一切耳に入らず、カメラの存在も意識しなくなっていて…。本当に平山さんと向き合えたと感じることができた瞬間で、「カット」がかかったあとも、頭がずっとジンジンしていました。そんな経験は初めてです。
風間 普通、人間は適度にごまかしながら他人と向き合っているはずなんだけど、千紗はそれをすべて正面から受け止めてしまう。そんな役を演じる広瀬さんは、すごく大変だったと思う。精神的にはアスリートのようにタフだなと思いながら見ていた。
広瀬 その分、熊さんとのシーンはほっこりしました。風間さんが一緒という安心感もありましたし。気遣ってくださる様子も、まるで千紗を心配する熊さんのようで。
風間 熊としては、千紗を見守ることしかできないから、申し訳ない気持ちになって(笑)。しかも、千紗のような役の場合、現場で周囲と距離をとり、1人静かに集中してもいいはずなんだけど、広瀬さんはいろんな人に声をかけるなど、「みんなが期待する広瀬アリス」でいてくれる。それもすごいと思った。この作品だけで、俳優として5年分くらいの経験をしたんじゃない?
広瀬 そうかもしれません。難しい法律用語も多かったので、台本を早めにいただき、自分の中に落とし込めるまで繰り返し読むなど、準備にもだいぶ時間をかけましたし。しかも、この作品の少し前まで、陽気でテンションの高い役をやっていたので、そのギャップも激しくて(笑)。
-本作のメガホンをとったのは、『MOTHER マザー』(20)、『グッバイ・クルエル・ワールド』(22)など、骨太な作品を多数手掛ける大森立嗣監督です。大森監督の現場はいかがでしたか。
広瀬 役者の皆さんのこれまで見たことのない表情を数多く見ることができました。というのも、こういうキャラクターだから、こうしなければ、ということがなく、常に自然体なのにきちんとその役に見え、物語が成立するんです。それがすごく不思議で。
-それが大森監督の特徴だと?
広瀬 そんな気がします。大森監督は、ぱんぱんに膨らんだ風船のような私に「お芝居しないで」と声を掛け、ほどよく空気を抜いてくださるんです。「千紗としてここに立ったとき、あなたはどうする? 緊張しているんだよね。そんなとき、どんな行動をとる?」といった感じで演出してくださる上に、ささいな一瞬の表情も見逃さず、俳優本人のリアルなしぐさを大事にしてくださって。おかけで、いい緊張感を保ち、常に役と自分が一体のような感覚でいられました。
風間 人の深層心理にある根幹的なものは、表面的な動作やせりふではなく、ほのかに匂ったり、ちょっとしたしぐさににじみ出たりするもの。大森監督は、そういう役の深層心理を大事にすくい取ろうとしていた気がする。
広瀬 確かに、そんな印象を受けました。
風間 お芝居するときは、こういう物語で自分の役割はこうだから、という設計図が徐々にできあがっていくんだけど、その設計図を書かせないのが大森監督。だから例えば、自分が書類を整理した後に相手が部屋に入ってくる、という場面では、想定したタイミングで相手が入ってこない、という瞬間が当たり前のようにやってくる。そのとき、「何もすることがない手」が生まれる。普通は「何もない手」をやるときは、「何もない手をやろう」と意図してお芝居するんだけど、大森組では意図しない「何もない手」が生まれる。でも、そういうことは日常的にありえるから、その「手」の使い方にその人がにじみ出る。そこが、大森組の魅力じゃないかな。
広瀬 私も最初は不安でしたが、幸い、大先輩の皆さんが何人も現場にいらっしゃったので、北村さんとご一緒したとき、力を抜いて柔軟に演じられる姿を間近で見て、そこから少しずつ学んでいきました。おかげで、いい具合に力も抜け、すごく新鮮な体験ができました。
-全力で事件に向き合う千紗を演じているのに、「力が抜けている」というのは意外です。
風間 千紗としては力が入っているけど、広瀬アリスとしては力を入れないで、ということじゃない?
広瀬 そうなんです。だから、ものすごく難しくて。
風間 難しいし、多分、今までにない疲れ方をするだろうなと思った。でも、大変だけど面白い体験だったんじゃないかな。
広瀬 面白かったです。気付いたらどっぷりと千紗に“はまる”どころか、“沼”っていて。千紗として平山さんや有森さんと向き合う中で、どんどんいろんな感情も出てきましたし…。こういうお芝居のやり方もあるんだな、と気付かされました。
-本作の魅力をひもとくヒントになりそうなお話です。それでは最後に、作品の見どころを。
広瀬 最後まで二転三転し、真実がどこにあるかわからない物語です。千紗を演じた私ですら、「人を信じるってなんだろう?」と疑問が浮かび、自分に芽生えた感情すら疑い始めるなど、いろんな思いが湧き起こりました。ぜひ皆さんも重厚な物語に心揺さぶられ、そんな余韻を味わっていただけたらうれしいです。
風間 普段、僕たちが信じていることのオブラートが引きがされていく瞬間が魅力的で、すごく面白い作品です。「面白い」という言葉にはさまざまな意味がありますが、その中でもこれは「面白い…」と思わずうなってしまうような作品だと思います。ぜひ最後まで楽しんでください。
(取材・文・写真/井上健一)
「連続ドラマW 完全無罪」 (全5話/第1話無料)、7月7日午後10時からWOWOWで放送・配信スタート