幕末から現代の時代劇撮影所にタイムスリップした会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)が、時代劇の斬られ役として奮闘する姿を描いたコメディー『侍タイムスリッパー』が、8月17日から池袋シネマ・ロサ、8月30日チネチッタなどで順次公開される。米作り農家を営みながら映画製作を続ける安田淳一監督に話を聞いた。
-本物の侍が現代にタイムスリップし時代劇の斬られ役になるというアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
5、6年前に、京都のヒストリカ映画祭で京都企画市という催しがあって、そこに企画を出してみたらという話になったんです。ちょうどその頃、宝くじのCMで役所広司さんが現代にタイムスリップしてきた侍をやっているのを見て面白いなと思っていました。それから、当時『ごはん』(17)という映画を撮っていまして、それに斬られ役で有名な福本清三さんが出てくださいました。それでその二つが結びついて、タイムスリップしてきた侍を福本さんがやって、斬られ役になったら面白いなと思ったのがきっかけでした。
-もともと時代劇はお好きだったのですか。
熱狂的にというほどではありませんが、子どもの頃に「遠山の金さん」などを毎日のようにテレビで見ていました。ただ僕はチャンバラも好きですが、それよりも江戸時代の、困っている人を助けておせっかいを焼いたりする、お互いに助け合っていく市井の雰囲気がすごく好きなんです。それでテレビ時代劇が描いた世界観が、自分の中ですごく温かいものとして残っている感じがするんです。だからこの映画は殺陣のシーンもすごいけど、それよりも市井の生活や人情的なところを強く表現している感じです。
-新左衛門がテレビで時代劇を見て涙を流す場面がありました。
そうです。あの世界観が自分も好きだったということです。
-今回は、太秦の東映京都撮影所が協力してくれたそうですね。
僕の監督第1作の『拳銃と目玉焼』(13)が「仮面ライダー」に近い内容だったので、これを東映の撮影所の人が見にきてくれました。それから『ごはん』には福本さんが出てくださったので、撮影所の人とつながりができました。そんなことから、今回はプロデューサーを紹介していただき、演技部、美術部、結髪の人たちにも集まってもらいました。その席で、美術部の方が「普通やったら自主映画で時代劇を撮るいうたら、金がかかって大変やから全力で止めんねんけど、でもこれはホンがおもろいから、なんとかしたいと思てんねや」と言ってくださって。それで、夏だったらオープンセットも空いているとか、衣装や刀も安くしていただいて…。そういう、いろんなご好意が重なって、この映画ができたんです。
-新左衛門役の山口馬木也さんが素晴らしかったです。
撮影中は山口馬木也という俳優と話している感じがしないんです。劇中の新左衛門本人と話している感じしかしなくて、本人が本人をやっている感じで、ちょっとしたお芝居も、本当に細かくやってくれるから、馬木也さんのアイデアに関しては、僕は何も言うことがなくて、ほぼ馬木也さんにお任せしていました。最初にあの衣装を着て一緒に歩いてくれた時に、「僕はこういうふうにしゃべりたいと思うんですよ」って、新左衛門のようにちょっと会津弁ぽくしゃべってくれたのを聞いていたら涙が出てきました。この脚本を書いてから3年ぐらいたってからクランクしたのですが、「新左衛門ってこういう人だったんだ」ということがすごく実感できたんです。今は本当に馬木也さん以外に新左衛門は考えられないと思っています。
-殺陣も素晴らしかったです。
殺陣は、全体的にはテレビ時代劇のものを意識してやったんですけど、ラストだけはちょっと変えなければならなかった。今ふうの剣戟(けんげき)アクションにはしたくなかったので、時代劇のオーソドックスな殺陣の撮り方でクオリティーの高いものを目指しました。ただ、裏テーマとして、お客さんが、最後の殺陣は真剣を使っていると錯覚するようなものにしたいと思っていろいろと考えました。それで、相手に打ち込むまでの間(ま)をしっかり取ると、割と真剣でやっているように見えるという効果があることに気付きました。
-この映画は福本清三さんにささげられていますね。
本当は福本さんに殺陣師の役で出てもらいたかったんですけど…。今回は衣装部の人が「福本さんが着ていた衣装です」と言って用意してくれたり、馬木也さんも全力で福本さんふうのエビ反りをしてくれたりしました。福本さんが亡くなった時に、奥さまが「死んでしまうシーンばっかりだから」と福本さんの作品を全然ご覧になれなかったそうです。それで優しい農家のおじいちゃんを演じてくださった前作『ごはん』のDVDを福本さんの担当の方に託しました、すると奥さまからすぐ「これが本当の福本です」というメールを頂きました。「侍タイムスリッパー」も見てくださって、奥さまが目を潤ませて僕の手を握り締めてくださいました。福本さんへの思いがたくさん詰まっているので分かっていただけたのかなと、とてもうれしかったです。
-監督をやって、脚本も書いて、編集もして、1人で何役もやっているんですよね。
そうです。照明もやったし、衣装とか、あとはグラフィックデザイン、タイトルデザインとかも。これはコストダウンのためです。意外と大事なのが、自分でお金を出して人を雇うということ。それはリスクを背負ってやるということなんです。例えばインディーズ映画だと、インディーズだからギャラは出ませんということもあるけれど、それをやるとリスクを背負っていないから自分の好きなものだけを撮ってしまうところがあります。
僕は、結婚式のビデオ屋もやったことがありますが、その時師匠から「おまえが撮る映像は、おまえの才能を見せつけるために撮るんじゃなくて、お客さんが喜ぶものを撮るのがプロの仕事だ」ということを教えられて、それが今も続いている感じです。よく応援してくれる人が「安田監督はいわゆる天才型ではありません。ただ、本当に諦めない人だから、何だかんだと言いながら最後までやり遂げるので、できたものの感動がガツンと重い」と評してくれました。
-最後に観客に向けて見どころやアピールも含めて一言お願いします。
僕としては、タイムスリップ時代劇というジャンルの中では、かなり面白くできているような気がします。あとは、本当の侍を目撃してほしいということです。僕は馬木也さんと一緒に映画を撮りながら、ずっとそういう錯覚をし続けているような感じでした。多分、年配の人たちは「剣客商売」で藤田まことさんの息子役をやっていた人だと思うでしょうけど、若い人にとっては、馬木也さんは舞台を中心に活躍されているから、あまり知られていないので、「本当の侍じゃないの」という錯覚を起こすかもしれないと。でもそれは、映画にとってはいいことなんです。
例えば、有名過ぎる俳優さんとかだったら、どうしても本人に見えてしまうけど、それがこの作品にはないので、本当に江戸時代の人が現代に来ていろいろとやっているドキュメンタリーみたいな感じに見える時があるんです。冨家ノリマサさんをはじめ、俳優さんたちが生き生きと演じている姿も見どころです。僕は有名になりたいとかは全くないので、もう製作費が回収できればそれでいいので、できれば助けると思って劇場に見に来てください。そうすれば米作りもゆっくりちゃんとできるので(笑)。
(取材・文・写真/田中雄二)