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 NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。9月15日に放送された第三十五回「中宮の涙」では、長い間、懸案となっていた一条天皇(塩野瑛久)と中宮・彰子(見上愛)の溝がようやく埋まった。彰子の父・藤原道長(柄本佑)も、ほっと一安心といったところだろう。



 この回も相変わらず見事だと感じたのは、一条天皇と彰子の夫婦間の話でありながら、主人公のまひろ(吉高由里子)と「源氏物語」の存在を違和感なく物語に絡ませていたとだ。


 クライマックスとなったのは、前回の次回予告でも見られた、彰子が「お慕いしております!」と叫ぶシーンだ。これがどのような展開で繰り出されるのかに注目していた。


 実際に放送を見たところ、敦康親王に会うために藤壺を訪れた一条天皇に向かって、いきなり彰子が「お上、お慕いしております!」と叫ぶサプライズな展開。こうして心を開いたことで一条天皇も彰子を受け入れたわけだが、2人の間で何らかのやり取りがあった上での言葉と想像していたので、正直驚いた。とはいえ、感情を表に出すことが苦手な人間が、勢いで突っ走った行動としては納得感があった。


 この時、彰子の背中を押したのがまひろだ。取り巻きの女房たちを交えた「源氏物語」(若紫)の読書会を終えた後、彰子は1人残ったまひろに向かって、「光る君に引き取られて、育てられる娘は、私のようであった。私も幼き頃に入内して、ここで育ったゆえ」と登場人物に重ねて自分の心境を打ち明ける。さらに「この娘はこの後、どうなるのだ?」と先の展開を気にした彰子は、まひろから「中宮様は、どうなればよいとお思いでございますか?」と逆に問われ、「光る君の妻になるのがよい。妻になる。なれぬであろうか?藤式部、なれるようにしておくれ」と答える。


 この言葉で彰子の心中を察したまひろは、「中宮様、帝にまことの妻になりたいと、仰せになったらよろしいのではないでしょうか。帝をお慕いしておられましょう」と告げる。


 その言葉が後押しとなり、この直後、現れた一条天皇に向かっていきなり彰子の「お慕いしております!」が飛び出すわけだが、そこまでの経緯にまひろが絡んだ上に、「源氏物語」がそのきっかけとなる展開は、「物語」の持つ「人を動かす力」に対する作り手の信頼がうかがえ、グッとくるものがあった。


 また、さかのぼればこの回前半では、一条天皇がまひろに、「源氏物語」(夕顔)を通じて「人の思い」について尋ねる一幕も見られた。それをきっかけに、彰子の懐妊祈願のために決死の覚悟で金峯山詣を行った道長に思いを巡らせたことも、彰子に対する一条天皇の心を動かし、夫婦の溝を埋める一つの理由になったに違いない。


 このように、まひろの「源氏物語」が人々を動かし、物語が進行していく展開は、単に「ベストセラーになった」という史実を語る以上に説得力があり、同時に、世の中に存在するさまざまな「物語」に心動かされてきた一視聴者としても納得、共感する部分が大きい。しかも、それを史実と巧みに絡める力量に至っては、作り手の並々ならぬ努力と熱意に、敬意を表さずにはいられない。


 果たして、今後もいかに史実と絡めつつ、まひろの「源氏物語」執筆が進んでいくのか。心に留めつつ、物語の行方を見守っていきたい。


(井上健一)