第1作は「熟年離婚」、第2作では「無縁社会」をテーマにした、山田洋次監督の喜劇『家族はつらいよ』シリーズ。最新作『妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ』(5月25日公開)のテーマは「主婦への讃歌」だ。気遣いがなさ過ぎる夫の言葉に日頃の不満が爆発し、家出をした妻と、一家の主婦がいなくなるという緊急事態に直面した平田家の大騒動を描く。本作で平田家の次男・庄太とその妻・憲子を演じた妻夫木聡と蒼井優が、撮影の舞台裏や、山田監督に対する思いなどを語った。
-『東京家族』(13)も含めると今回が4作目になりますね。山田洋次監督の言葉の中で、特に印象に残ったものはありますか。
妻夫木 多分、今回がこのシリーズの集大成になると思うし、誰にでも起こり得ることを題材にしているので、監督は「ただ皆さんに笑いを届けるだけではなく、喜劇だからこそ真剣に取り組んで、血の通ったものにしたい」とおっしゃっていました。その言葉がとても印象に残っています。また、台本には書かれていない大事なことを、演出の中で気付かせてくださるのが山田監督ならではだと思います。
蒼井 山田監督が「初めて映画を撮る前日に緊張して眠れなくて、先輩の監督の家を訪ねて『明日から自分はどうすればいいのでしょう…』と聞いたら、『現場の人間を信じることも監督の才能の一つだ』と言われた」という話をしてくださいました。それを聞いて、私たち役者はもちろんですが、これは映画の現場に携わっている全ての人が大切にしなければならない言葉だと思いました。他にも監督から、撮影現場で迷いが出そうになったときに、助けになる言葉をたくさん頂きました。
-4作やってきて、お互いの印象は変わりましたか。
妻夫木 ほとんど変わっていません(笑)。いまだにフレッシュな感じがします。また、初めて会ったときから、すぐにお互いに気を使わなくてもいい間柄になれたし、こうした夫婦や恋人役を演じることも多かったので、その点ではとてもありがたいと思っています。逆に、最初の『家族はつらいよ』のときは、まだ初々しい関係という設定だったので、それを演じることの方が難しかったです(笑)。
蒼井 私も初めて会ったときから変わらないです。このシリーズの場合、スタッフさんも含めて本当に壁がないのですが、そう感じるのは、もともと壁のない妻夫木くんと一緒に山田組に入れたからだと思います。それが突破口になって、皆さんとも壁がなくなっているんだろうなあと思います。妻夫木くんは、一緒にいるときは、もう世間話しかしなくなっているし、何の新鮮さも感じないんですけど(笑)、演技に関しては常に新しいことに挑戦しているので、それは見ていて楽しいし、そこには新鮮さを感じています。
-このシリーズに参加して、ご自身の結婚観や家族観について改めて考え直したところはありますか。
妻夫木 完璧な家族なんてあり得ないと思うし、人間は欲深い生き物なので、相手に対していろいろと言い出したらきりがないと思います。ただ、凸凹があるから、波があるから家族っていいんでしょうね。きっと。だから、結婚している人も、これからする人も、相手にうそをつかないということが一番大事になると思います。
蒼井 平田家はそんなに参考にはなりません(笑)。この家族を見て「まあここよりはましか」と。ただ、この家族は最低だけど最高じゃないですか。何かあったらすぐにみんなが集まるなんて。今回は、完璧に観客の目線になって「あー仲良くして」とか、「史枝さん早く帰ってきて」などと思うことがありました。だから、もちろん笑って見ていただけたらうれしいですけど、平田家を見ることで、何か気分が楽になるような、皆さんの理想像や夢でもありたいなと思いました。
-山田監督が蒼井さんに「何かいいアイデアない?」と聞いたりすることもあると伺いましたが。
妻夫木 監督が「優ちゃんが言ったことが面白い」とおっしゃって、それが実際に映画の中で使われたということで、みんなが「次は自分の手柄にしよう」として、わざと監督に聞こえるように、思い付いたことを話したりしましたが、一切使われませんでした(笑)。優ちゃんは特別なので、彼女の話次第では、今後の僕たちの死活問題にかかわってくるとも考えられます(笑)。
蒼井 またみんなで知恵を出し合おうね(笑)。
妻夫木 監督は常にいろんなことを考えながら過ごしていらっしゃる方で、撮影中も「こういうアイデアはどうだい」なんて全く別の話もされますし、いろんなものからヒントを探していらっしゃるのだと思います。
-今回は一家の主婦である史枝(夏川結衣)の話が中心でしたが、実は妻夫木さんが演じた庄太が家族の絆をつなぐ役割を果たしていると感じました。特に兄の幸之助(西村まさ彦)を説得するレストランでのシーンは印象的でした。
妻夫木 このシリーズでは、庄太は最初から緩衝材のような役割だったのですが、今回はキーパーソンだったのかなと思います。あれは、普段からあまり仲がいいとはいえない兄貴に本音でぶつかるシーンでした。僕にも兄がいて、実際にぶつかったこともあるので、それを思い出しましたし、そういう話を監督にさせていただいたりもしました。『東京家族』から始まった西村さんとの時間が、今回はとても生かされた気がします。演じていてすごく楽しかったです。
蒼井 私もあのシーンは好きでした。今までの平田家にはない、互いに言葉をかぶせ合いながら本音でしゃべりあっている兄弟という感じがよく出ていたと思います。今回は特に会話のリズムや流れが、本当の家族っぽいなと思いました。憲子の側から言わせてもらうと、庄太さんはやっぱり平田家の血筋で、本当に雑な感じがします。でも「何でそこでそれを言うのかな」みたいな、一生懸命になればなるほどちぐはぐになっていくという感じが私は大好きなんです。
-最後に、それぞれが思う今回の見どころをお願いします。
妻夫木 前作に続いて、笑えるところはたっぷりあるので、映画館に来て大いに笑っていただきたいのですが、今回は「うっかり感動させちゃいます」というところがあります。だから皆さんには油断していてほしいです(笑)。「なんか家族っていいなあ」という一言に尽きる映画だと思います。
蒼井 私は今回が一番好きです。舞台は日本なのに、何かヨーロッパの映画を見ているような気分になる、大人の色気のある映画だなあと思いました。こういう作品が見たかったけど、なかなかなかったなという感じです。私の中での満足度は100パーセント以上でした。あとは横尾忠則さんが手掛けたオープニングも見どころです。
(取材・文・写真/田中雄二)