心あたたまる光景

最初は、民家の軒先すれすれにかすめながら住宅地やのどかな田園風景の中を走るが、すぐに山道に差しかかる。

両側を木々が覆いつくす狭い道を進んでいくのだが、この阿里山号、窓がとても汚れていて、せっかくの風景がかすんで見える。日本の観光列車だったら、毎日窓をピカピカに磨き上げるだろうに、そこはゆるゆるの台湾仕様。みんな曇った窓に頭を押し付けるようにして、眼下に広がる嘉義の街を眺めている。

嘉義駅から奮起湖駅まで10駅ほどあり、乗客はほとんど乗り降りしない。奮起湖がちょっとした観光地になっているので、日帰り客はここで折り返し、午後の列車で嘉義駅に戻ってくる。

だが阿里山で宿泊し、ご来光を拝みたい人は、支線に乗ってさらに高所を目指す。

翌日の早朝に桃園からの帰国便を控えていた私は、阿里山のご来光を拝むわけにもいかず、奮起湖で折り返すルートを選んだ。

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途中の駅はどれもバス停のように小さくて、うっかりすると見過ごしてしまいそうだが、そんななかで1人のおばあちゃんを降ろすために列車が停車した。

ゆっくりと手すりにつかまりながら列車からホームに降り立つおばあちゃん。聞けば、この山奥深くに住んでおり、週に一度は子どもたちが住む嘉義の街に出かけ買い物をするという。この高山鉄道がおばあちゃんの生活の足なのだ。

そんな高齢のおばあちゃんに、何人もの乗客が手を取って下車を手伝う。バスでも列車でも、台湾人は躊躇なく高齢者に席を譲り、手を取って乗り降りをサポートする。

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台湾人のそんな優しさに感動しつつ、我が身を振り返ると恥ずかしくなってしまった。

私は日本の電車で、こんなふうに迷いなく、スマートに席を譲れているだろうか。おばあちゃんはホームに降り立つと、買い物袋をぶらさげたままニコニコして手を振り、見えなくなるまで列車を見送ってくれた。

(つづく)

みつせ のりこ:90年代から台湾と関わり、台北で留学や就職、結婚や子育ても経験。現在は執筆や通訳、取材コーディネートの仕事で日本と台湾を往復している。著書に『台湾の人情食堂 こだわりグルメ旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾縦断! 人情食堂と美景の旅』『台湾一周!!途中下車、美味しい旅』など。株式会社キーワード所属。