「間もなく上演します」
の言葉を合図に、バーンと教室のドアが開け放たれ、パチパチ電気のスイッチが消される。陽射しが窓側から廊下側から交差し、光が降り注ぐ。冬晴れの今日、いまは14時。おもむろに「集合~~~~~!!!!!!!」と目の前で円陣が組まれる。「最後まで諦めないよ~!」「はい!」「これで最後じゃないよ~!」「はい!」場面は、バレーボール部の、試合の直前へ。わたしたちは、バレーの試合観戦に巻き込まれる。繰り返し打ち込まれるサーブ、レシーブ、トス、アタック、点が決まって円陣をぐるっとハイタッチで喜び合う高校生たち、プレイをミスって「ドンマイ!」と言い合う高校生たち。エネルギッシュな若い情熱を全力で放出する少女たちの、まさに青春の喧騒まっただなか、熱狂の最中に引きずり込まれる。その合間を縫って繰り返されるモノローグ。は、いま目の前で声をあげて、試合に挑んでいる高校生たちの心情を浮き彫りにする。劣等感、嫉妬、意地悪、不安、そして、出会いと別れの記憶。藤田貴大の描く世界は、決して特別なものじゃない。誰の心にもある、普遍的な、記憶の断片。または、誰の記憶にもない断片だとしても、リフレインは記憶をすりかえる。過去があって、今があるということ。すれ違いがあって、今があるということ。確執があって、今があるということ。出会ったから、今があるということ。別れたから、今があるということ。今に収束される過去。を、何度も何度もリフレインする。しなやかな肢体を全部つかって、ひたすら生きることに懸命な目の前の高校生たちと、さかのぼって必然を帯びる過去のリフレイン。私たちが、かけがえのない瞬間のまっただなかに生きているということを証明するコントラスト。藤田貴大の描く世界は、決して特別なものじゃない。だけど、彼の世界のあらわし方は、いわゆる演劇のそれとは違う。言葉や演技のクサさを逸脱したところで、彼は、人間や、記憶に挑もうとしているのではないか。何度も何度も同じ場面をプレイバックさせて、役者さんをへとへとのボロボロにさせるリフレインと運動は、まるで言葉に肉体と意味を追いつかせる作業のよう。弾ける若さで身体を動かし、動けるぶんいっぱい駆使し、息が上がったまま台詞を放つ高校生たちは、演技を飛び越えて言葉を自分のものにする。汗まみれのおでこで、頬を真っ赤にして、呼吸をはやめて息を切らして、ようやく口にされる「わたし、まだ練習していたいです!!!ここで!!!この場所で!!!」の単語は、嘘偽りない彼女の心の叫びのようで、この2日間が終わったらまたいつもの生活に戻る彼/彼女たちの、刹那からのあがきのようで、まるで演技なんか超越してた。凄まじい。泣いた。むせび泣いた。
「集合~~~~~!!!!!!!」と目の前で円陣が組まれる。「最後まで諦めないよ~!」「はい!」「これで最後じゃないよ~!」「はい!」わたしたちは、何度もバレーの試合観戦に巻き込まれる。だけど、いつか、この試合も終わるのだ。試合に勝とうが、負けようが、この時間は終わるのだ。地面が揺れる。地震。そんなことはおかまいなく、彼らは生命を燃焼する。だって、終わるから。汗を流したまま、必死の形相で、一生懸命に声を張って、飛んで、受けて、打って、喜んで、焦って、いろいろあったよなぁ。いいことばっかじゃなかったけど、こんなふうに、全力で、今、にぶつかっていく彼/彼女たちを見ていると、つくづく、生きていくことの、かけがえのなさを思わずにいられない。取り戻せない今を、自分は生きているのだと痛感せずにいられない。時間の残酷さを背負う高校生たちが、伸び盛りの自分の身体をいっぱいいっぱいに使って、瑞々しい生命力を振りかざして、体現する「今」。その、まぶしさの絶頂に、目眩すらしてくる。
「ありがとうございました!!」と言いながらひとりずつ、教室を飛び出して走っていく。ああ、終わってしまう。終わらないでほしい。だけど、ひとり残らず教室を飛び出していく。ひとり戻ってきた少女が、体育座りでそこへ佇む。いまは15時30分。陽射しはすっかり落ちはじめ、アトリエに影を落とす。夕焼けと陰のコントラスト。終わりの瞬間。名前を呼ばれて駆け出す少女。時間の流れを可視化するような、見事な自然光の使い方だった。
その日、東京では朝から大きな地震があった。2012年1月28日、土曜日、15時50分。教室のそとで「ありがとうございました!!!!」とあいさつする高校生たちに、何も言えず、何か言ったらまた涙が出そうな気がして、アンケートにも答えられず、足早にいわき総合高校をあとにした。帰り道、リフレインを思い出して、また泣いた。地震があった朝、果たして自分はいま、東京を離れていわきに行っていいのだろうか、家族と離れて遠い街へ行ってしまっていいのだろうか、と、いわき行きのバスに乗るのを一瞬だけ躊躇した。だけど、あの場所で、あの時間で、あの高校生たちで、「ハロースクール、バイバイ」で、観れたということに、大きな意味があったように思う。わざわざ足を運んで、この作品を感じるができて、本当によかったと、いまは、声を大にして言いたい。本当によかったです。
【マームとジプシー次回作】
●国際舞台芸術ミーティング(TPAM)in yokohama 2012参加
大平勝弘(STスポット)ディレクション
「塩ふる世界。」
作・演出 藤田貴大
2012年2月17日(金)16:30・18日(土)16:30
横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
出演
青柳いづみ 伊野香織 荻原綾 尾野島慎太朗 川崎ゆり子 高山玲子 吉田聡子
●3月公演/坂あがりスカラシップ2011対象公演
「LEM-on/RE:mum-ON!!」
作・演出 藤田貴大
2012年3月29日(木)~31日(土)/元・立誠小学校(京都)
出演
伊野香織 荻原綾 尾野島慎太朗 川崎ゆり子 斎藤章子 高山玲子 成田亜佑美 波佐谷聡 召田実子 吉田聡子